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「模倣犯」


東京の、とある公園で、切断された腕が発見された。
女性の片腕。
もしや、自分の娘のものでは?
突然失踪して音沙汰のなくなってしまった愛娘ではないかと
「家出」人を家族に持つ者はみなそう思った。
発見されてほしいという思いと、
「あれ」ではないでいてほしいという願いと…。
見つけたのは、高校生の男の子だ。
第一発見者は、いろいろと警察に聞かれる。
マスコミにも追い回される。
彼は、関わりたくなかった。なぜなら、彼もまた、
そうした「事件」の被害者だったから。
この事件をテレビで知った人間の中に、
ライターの女性がいた。
彼女は、第一発見者の男の子の家族が遭遇した事件を知っていた。
その腕が娘のものではなかった、と胸をなでおろした一つの家族に、
「犯人」からの「伝言」が届く。
それは、その家族を再び絶望の淵に追いやり、
いつ終わるともしれない長い戦いがここに始まった…。
映画「模倣犯」。
森田芳光監督の映画は、「家族ゲーム」のほかはあまり趣味ではないのだが、
この「模倣犯」は、冒頭から惹きつけられた。
中居正広が重要人物だということは、派手な宣伝で既に周知の事実。
ところがその中居クンが、途中まで全く出てこない。
それなのに、テンポよく飽きないストーリー展開だ。
すごいなー、と思って見ていたのだけれど、
見終わってレビューを書こうとしていろいろ調べていたら、
どうも、評判が芳しくない。それも、「原作」を読んだ人たちに。
これは、「原作」を読まないで書くわけにはいかないなー、と思い、
友達に借りて読んだ。
文庫にして5冊の、宮部みゆきの長編推理サスペンス「模倣犯」

模倣犯(1)
すごい…。
あまりに面白く、先がわからず(映画を見ているのに!)、
とにかく読まずにはいられない。
「この巻を読み終えたら寝よう」と思っていたが、ダメだ。
とことん眠くなるまで、読むのをやめることなどできなかった。
文庫版2489ページ、400字詰めの原稿用紙にして3780枚。
3日で読み終えてしまった。
猟奇的な殺人事件を扱いながら、
こんなに緻密で、こんなに滑らかで、こんなに愛に溢れて、
ここまで多面的多角的に組み立てられた小説を、私は知らない。
この原作に感銘を受けた人々には、なるほどあの映画は受け入れられないだろう。
むべなるかな。
私は納得した。
映画で「いいな」と思ったところは、原作のよさからでたもの。
映画で「あれ?」と思ったところは、映画ならではの変更点。
4年間週刊誌に連載し続け、それを加筆修正してできた
「現代ミステリーの金字塔」とも謳われる長編を、
2時間かそこらにまとめること自体が無理難題といえばそうなのだが。
本の読者たちが不満なのは、
「丁寧さ」「突きつめ方」が足りない、という点なのだと思う。
原作は、
「片腕がみつかった」ことで心かき乱される人々の気持ちを、丁寧に書き込んでいる。
家出人の家族、その家族の対応をした警察官、第一発見者、その関係者、
ライター、ライターの家族、犯人、そして被害者たち…。
全5巻、すべてのページのすみずみにまで、彼らの人生と、彼らの心情が溢れている。
一つとしてないがしろにされるべきエピソードはない。
どの登場人物も、主役になりえる。
「一本の腕」から始まった事件は、それぞれの登場人物の人生に波紋を広げ、
どの人間も大きく揺さぶられ、こわれそうになる。
その試練、その痛み。できるなら、避けて通りたい。
しかし避けないではいられなくなる。そして避けてはいけないと思うようになる。
登場人物すべてに対し、触れずにいたい「自分」と向き合わせた作者は、
どの人物に対しても、その人なりの「解決」に至るまで、しっかり導いていくのだ。
最後の最後まで。
だから、凄惨な事件を扱いながらも、カタルシスがある。
読み終わると、あたたかい気持ちが、体中にひろがる。
その丁寧さ、覚悟のあり方、人間への愛情が、小説にあって映画にはない。
相関関係や人物の配置は考え抜かれたものなのだから、
一つ省いてしまうと整合性にほころびが生じる。
「このラインは削り、このラインだけでつなげる」は到底無理な代物なのだ。
それを、映画はやってしまった。
ほころびを直すための二度塗りが、またも陳腐。
脚本のオリジナリティは、一つもプラスに機能していない。
特に「犯人のラストが許せない」という読者の気持ちはわかる。
どんな登場人物にも「最後の最後まで」つきあい通した宮部みゆきの我慢強さが、
文字通り木っ端微塵である。
主犯の心の闇にまったく言及せずに作った映画は、
「無意味で理解できない快楽殺人」をなぞっただけであり、
「なぜ人は無意味で理解できない殺人を犯すのか」に迫ろうとした作者の努力を
無にしているとさえ言えよう。
同じ女性ライターという立場から言わせてもらうと、
木村佳乃扮する「ライター滋子」の描き方には、最初から最後まで違和感があった。
あんなにオドオドしていてルポライターなど務まるはずがなかろう。
また小林薫が演じる「ライターの夫」も、「世捨て人?」というくらい浮世離れしていて、
ちっとも共感できなかった。
後で原作を読んで、それらはまったく原作にないエピソードばかり、というか、
真逆とさえいえる設定であったと知り、
愕然とした。
宮部みゆきは女性のライターなのだ。
生活感にしても心情にしても、もっとも自分に近いキャラクターである滋子を
骨抜きのご都合キャラにされてしまっては、
宮部みゆきも浮かばれないだろう。
欠点ばかりをあげつらってしまったが、
最初に見たときはそれなりに「いい」と思ったのだから、
もちろんいいところもある。
映画の出色は、なんといっても被害者の祖父・義男役の山崎努だ。
孫娘の家出、その母である自分の娘に対する愛情、その連れ合いに対する感情、
犯人に翻弄されながらも、忍耐強く交渉し、次第に犯人を追い詰めていくその冷静さ。
原作からたちのぼってくる義男像にぴったりだ。
逆に言えば、義男だけが原作から離れずに描かれていたともいえる。
この映画を見て私に何らかのプラスがあったとすれば、
山崎努の演技が見られたことと、
「原作はどうなってるの?」と本気で思わせ、
今まで1冊も読んだことのない宮部みゆきという作家に出会わせてくれたことである。

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