菊池寛の原作を、主演市川雷蔵、監督森一生で映画化したもの(1960)。
徳川家康の孫であり、かなりの切れ者である松平忠直は、
「将軍になってもおかしくない」血筋と器量をもった主君だった。
が、実力で勝ったと思っていた試合が、実は家臣がわざと負けていたと知るや、
忠直は誰のことも信じられなくなる。
まるで、叱られることで愛を確かめようと、わざと悪さをする子どものように、
忠直は乱行を繰り返す。
そんな息子に対し、出家した母(水谷八重子・初代)が諭す場面が見事。
「人の上に立つ者には、自分にしかわからぬ苦しみがあるだろう。
しかし、それを他人がわからないからといって責めてはならぬ。
万民の平穏な生活を守るために生きよ」
幕府から乱心者の烙印を押され、蟄居を命じられた忠直を、
家臣がなぐさめる。
藩や民を守るには、蟄居もいいもんだ、あなたはもう藩に責任を持たなくてもいい、
自分ひとりのことを考えて、生きていいんだよ、と。
そこで、ハタと気づいた。
これって、戦後まだそれほどたっていない頃つくられている。
つまり、人間宣言した天皇、
本土決戦による焦土作戦を断念した天皇へのエールなのではないだろうか?
ベタな時代劇でありながら、
そこに「個人」だの「愛」だのといった単語がセリフにちりばめられているのは、
同時代へのメッセージがこめられていたからではないだろうか。
よく父が言っていた。
「忠臣蔵の浅野匠之頭ほど藩主として愚かな者はいない。
自分が頭を下げればそれで赤穂が救われたものを。
浅はかな考えの上司を持つと、部下は苦労する」
匠之頭は歴史に名を残したが、赤穂藩は取り潰された。
忠直は狂人扱いだが、藩は生きながらえた。
「万民の平穏な生活」を守ったのは、どちらだったのか?
「忠直卿行状記」はDVD化されていますが、オンラインショップでは在庫薄みたいです。
菊池寛の原作は
恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇
に収録されています。
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