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「象の背中」

象の背中」見てきました。
48歳、バリバリの仕事盛りに「肺がん・余命半年」を宣告された男が、
その「あと半年」をどう生きるかを描いた作品。
原作は、2005年に産経新聞に連載されていた、秋元康の長編小説です。
この作品は、見る人が誰に感情移入するかによって
まったく評価が分かれるんじゃないかと思いました。
「僕は」「私は」というナレーションは入っていないものの、
一人称私小説風な作りになっています。
つまり、
ガンを宣告されるところから死ぬところまで、
主人公である幸弘(役所広司)の心情しか映していない。
家族や友人は、彼との会話あるいは彼が見たリアクションの中でしか、
表現されていないのです。
だから「死にゆく」幸弘に感情移入できた人はいいんだけど、
「死なれる」方に自分を引き寄せて観ていくと、
もっと描いてほしいと思うところが多かったように思う。
たとえば。
彼は海辺のホスピスに入る。
沖縄のリゾートホテルか?っていうくらい豪華だ。
一体いくらかかってるんだろう。
うちの義母が都心の緩和ケアに入ったときは、
一日数万円もしたよ。
彼はガン保険には入っていたんだろうか。
潔く退職しちゃうけど、
あれほど仕事に人生賭けていたら、きっと年休なんかほとんど消化してない。
私が妻だったら、
退職はさせないけどなー。どうせ仕事には行かないんだし。
未消化年休がなかったとしても、
各種社会保険万全の一流企業みたいだから、
病気で休むと、その間給料もある程度保証されるし。
自分の死後の、家族の生活費を心配する前に、
まずは自分の闘病費用について、家族が死ぬほど悩むことを描いてほしかった。
それに、
家から遠いホスピスに入って、妻はずっとつきっきり。
どうも専業主婦らしいけど、
それにしたって地域のいろいろなことに関わっていたりとか、
それらは一体どうやってケリをつけたのか、見えてこない。
大学生と高校生の子どもも泊り込む日が多い。
高校生の娘はチアリーディングで秋の全国大会連続出場がかかっている。
たとえ夏休みだったとしても、毎日部活は当然だ。
彼女に「部活はどうする?」の葛藤は描かれていない。
海辺のピクニックで、死にゆく父は娘に言う。
「大会、がんばれよ」
娘は笑顔で「うん!」
お父さんの看病してたら、レギュラーの座は絶対奪われる。
その辺は、まったく言及されない。
「親の、夫の死期が迫っている」のだから、そんなの捨てるのが当たり前って思うかもしれないけど、
当たり前のことができなくて悩むのが人生。
親は大切だけど、親のところに行く時間がない、
付き添ってやりたいけど、仕事に穴をあけられない、
入れてやりたいけど、お金がなくて入れられない・・・。
この映画には、そういう苦しさがまったく描かれていないのだ。
「生きたいけど、生きられない」は水戸黄門の印籠のように金科玉条となり、
「死なれる」者は、喜んですべてを捧げて「死ぬ」者に尽くす・・・。
同じ題材を、向田邦子が書いたらどんなドラマになるかな、と思った。
一度も恨みつらみをいうことなく、
穏やかに微笑む妻・今井美紀が、裏で見せる修羅の顔とか、
そんなものを、もっと描いてほしかったなあ。
私が心を揺さぶられたのは、幸弘の兄・岸部一徳の演技。
淡々とした中にも、生活実感がこもっていて、
「一番おやじを嫌っていたお前が、一番おやじに似るとはなあ」と
笑いながら泣くところでは感極まってしまった。
出番は少ないけど、「きっと苦労しただろうなあ」と思うほど、
見えない部分の人生が滲み出ていた。
全体的に、
他者とのエピソードには笹野高史、高橋克美など、いい役者をもってきて
厚みのあるシーンが撮れているだけに、
家族の問題がもっと多面的・重層的に描かれていれば
重い病気にかかった男とその家族という誰にでも起こりうるテーマが
もっと身近に感じられたのではないだろうか。
でも、そうしてしまったら、「秋元」ワールドは瓦解してしまうのかも。
産経新聞に連載して人気が高かった時から、
すでに「男の身勝手」とか賛否両論あったみたいですから。
今大企業で働いていて、お金もそこそこあって、大きな持ち家があって、
奥さんが専業主婦で、
今まで好きなように生きてきた、みたいな人には、
「そうだよなー、こんなふうに死ぬのがサイコーだよなー」と
思える最高のファンタジーかも。
ぜーんぶ、許してもらえるんですから。

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