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追悼・小林桂樹「首」@シネパトス

午前中の打ち合わせと夜の勉強会との間に
まとまった時間がぽっかり空いた。
家に帰るほど空いてはいない。
「こういうときこそ、映画だよね!」
ということで、
銀座界隈での上映作品を探すと……。
上映開始時間がうまく合うものがなかなかない!
目にとまったのが
小林桂樹の追悼特別上映シリーズの「首」
昭和18年という時代設定。
身に覚えのない容疑で警察にしょっぴかれた男が
「脳溢血で死んだ」と遺体を返されたことが発端となり、
相談された弁護士の正木(=小林)が
その事件にのめりこんでいくさまを描く。
最初「警察っていうところはデタラメでも、検察は違う」
「事件というほどのことではない。きちんと検死をやり直してもらえばそれで済む」
と楽観していた正木は、
しかし
検察の隠蔽体質、権力を使っての妨害などに落胆、憤慨して
とうとう墓を暴いて首だけ斬って、秘密裏に首を運び、
首の検死をしてもらおう、
というところまで来てしまう。
最初は必死で協力を求めていた被害者の周囲も
「そこまでやる?」「もう普通の生活に戻りたい」と
徐々に気持ちが後退していっているのにもかかわらず、
正木だけは異常なまでに真実追求に執着し、目も血走ってくる。
墓のある茨城の山から、鑑定してもらう東大医学部のある東京まで、
官憲の目を意識しつつ「首」を持って乗った満員電車で、
車両の前後から警官が乗り込み、ヤミ米を運ぶ庶民を摘発し出す場面は、
本当に手に汗握る。
ヘビのような目で正木を圧倒する田代検事役の神山?、
警察の意向通りの司法解剖をしながら、正木の質問にしれっとして答える大滝修治、
東大医学部教授福畑の、浮世離れした貴族的良心を体現する佐々木孝丸、
同じく東大医学部教授で、
「民間からの鑑定は受け付けない」と杓子定規な象牙の塔体質を持ちながらも、
解剖という自分の領域に入ってしまえば決して真実をねじまげない南役の三津田健、
などなど、
小林だけにとどまらず、
いい役者の、滲み出るような人間味の競演が見事である。
この話は、
観る時代によっていろいろと解釈が変わる映画だろうな、と思った。
戦後の長い時期は、
おそらく公権力の暴力とか、いい加減さとか、腐敗とか、傲慢さとか、
またそれにまっこうから挑んでいく正木の正義感とか、
そういうものが受けたのではないだろうか。
警察でひどい目にあった人たちも多かったろうし。
しかし、
今観ると
エスカレートを重ねる正木の行動と異常なまでの熱心さには
どこか引いてしまう部分さえある。
「正義」って何だ?
被害者は気の毒だ。
被害者の名誉は回復させてあげたい。
でも、「墓」あばくってさ~。「首」斬るってさ~。
そう思ってしまう最大の理由は、
正木が「被害者のため」ではなく「自分のため」に闘っている、と
思われるフシが見え隠れするからなのである。
信じきっていたもの(=検察)に裏切られた恨み、
今までの価値観を破壊されてしまったことへの怒り。
「よくも今まで騙してくれたな! そんなお前を許しはしない!」みたいな。
庶民の味方っていう分かりやすさはあまりなく、
法曹界という超特権層に身をおいて、自分に自信のあるリベラル派インテリが
鼻をへし折られました、みたいな。
たしかに人を動かすのは「怒り」だ、ということは、
私も経験したことがあるので、
正木の気持ちも全然わからないわけではない。
こういうことがきっかけで、
真の「正義」に目覚めることもある。
でも、
このもやもやとした気持ち
胸の奥にブスブスとくすぶる感覚はなんだろう?
ソフト化もされず、メジャーでもなく、
でも観た人たちは口々に「名作だ」と叫ぶこの「首」という映画。
人間の心理の奥の奥まで見せられた、
いや「見せられた」ではなく「におわせられた」感あり。
思わず引きずり込まれそうだったその深淵を、
映画を観た人はいつまでも忘れられなくなるのかもしれない。
監督は、森谷司郎。

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