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夢がかなう時

(A)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昔むかし、
幼い私は船の上にいた。
まだ関門トンネルができる前、
九州に渡る船。
風に吹かれていると、知らないおじさんが声をかけた。
「おじょうちゃん、大きくなったらどこに行きたいの?」
「フランス」
即答だった、と、母は回想する。
3歳だった。
(B)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中学3年のとき、
文章を書いてそれが職業になったらいいな、と思った。
でも、「お話」が書けない私は流行作家にはなれそうにない。
だから、
「それは、無理」と自分であきらめてしまった。
(C)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
高校に入学してすぐ、
新聞部に入った。
「書くのは得意」と思っていたけど、
最初の記事でほとんど全部書き直された。
たった10行かそこらなのに、まっ赤っか。
毎日夜遅くまで部室でガリ切りをして、
重いガリ版を家まで持って帰って家でもカリカリ。
「何やってるんだろう」
つまらなかった。
退部して、もうやるまいと思っていたテニス部に入りなおした。
(D)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
高校2年のとき、進路(受験)指導の一環で
「将来何をしたいか」というのを書かされた。
「幸福な家庭を築き、納得のいく子育てをしたい」と書いた。
担任に呼び出され、
「真面目に書け!」と怒られた。
「マジメなんですけど」と口答えすると、
「ふざけんな!」と本気にされなかった。
(E)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大学4年。
就職を考え出したころ、
新聞社っていうのも考えた。
作家という選択は既に捨てていたが、
どこかに「書く」仕事への欲求があったのだろう。
また、その頃の私にとってマスコミとは、
報道であり社会正義だった。でも
試験が難しいって聞いて、
「もう受験勉強はコリゴリ」と思い、あっさりあきらめた。
(F)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1986年。
久米宏がニュースキャスターをやる新番組を立ち上げるにあたって、
学歴や職歴をまったく不問に、番組スタッフを募ることになった。
すでに「専業主婦」だった私は、
「筆記試験」がないと聞いて「これだ!」と思った。
でも
私はすでに一児の母だった。
1歳になったばかりの子どもを持ちながら、
毎日放送される番組のクルーになる自信はなかった。
(すでに採用される気でいるんだから、まったく)
星のめぐり合わせだと思った。
自分にガッツがないとか、がんばればできないことはない、とか
「つかみとろう」「もぎとろう」
「どんなことがあってもやりたい!」と願う気持ちは起こらなかった。
いつも、自分から先に、勝負を避けていたのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな私でも……。
フランスには行った。
幸せな家庭を作って、子どもを育てた。
まがりなりにも、ものかきになった。
そして、
再び、新聞を作るようになった。
業界新聞だから、
普通のマスコミとはちょっと違うけど、
でも取材をし、記事におこし、
そして紙面を作り上げるその一つひとつが
とても自分に合っていると思う。
高校のとき、あんなに「合わない」と思った
新聞特有の文章の書き方も、
もう「お子ちゃま」じゃないから、すんなり受け入れられるし(笑)。
なにより、
印刷所に詰めていると、
15歳のときの気持ちが蘇る。
もうガリ切りはないし、「凸版」もないけどね。
気がつけば
また一つ、夢がかなったのかな、と思う。
やってみたかったことを、今、私はやっている。
あきらめの連続だった昔と、今と、
私の何がちがっているのかといえば、
「売れる、売れないじゃない。自分の思いをこの世に残したい」
と思って、とにかく書くんだ、と思い切ったあの日の
前か後か、それだけ。
夢って、まず思ってみることが大切なのかもしれない。
そんなことが頭をよぎった一日だった。

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