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文化祭の季節です

文化祭の季節です。
私の母校(高校)も、次の週末が文化祭とのこと。
昔は9月の終わりの3日間だったのですが、
センター試験が始まってからは日程が前倒しになり、
その分準備期間も少なくなって今の高校生は大変でしょうね。
でもきっと、
みんなで力を合わせて青春真っ只中の取り組みをしていることでしょう。
私が高校生だった今を去るウン十年前。
当時の高校文化祭といえば、
「模擬店」といって、喫茶店のようなものを出し、
体育館では有志のフォークやロックのコンサート、
あとは文科系のクラブの出し物、というのがよくみられるパターンでしたが、
私のいた高校では
ただ楽しむだけではダメで、
創造性の高いものを生み出してこそ「文化」とばかりに
模擬店は一切禁止。
さらに出品はすべてクラス単位で、
好きな人嫌いな人など関係なく協力しなければならないという、
非常に特殊な縛りがありました。
ジャンルは展示、演劇、映画が定番で、ジャンルごとに優秀賞を決めます。
「展示」という枠を巧みに利用して、
展示室をお化け屋敷に仕立てたり、
「お祭り」についての展示、ということにしたり、と
若者はいつの時代もチャレンジ精神で「縛り」を飛び越えていきました。
現在は1年展示、2年演劇、3年映画、と決まっているということです。
それにしても
高校生が、それも演劇部でも映画同好会でもない、フツーの生徒が作る
映画や舞台って、どの程度のものだと思います?
かくいう私も入学したての年、つまり高校1年の文化祭では
半信半疑で校内を歩いたものです。
シェイクスピアとか歌舞伎とかにチャレンジしても、
高校生がどれだけのものができるのか。
出演者が高校生だけなのに、それもズブの素人なのに、
どうやってオトナの物語を撮影するのか。
普通の教室で演劇なんてやって、舞台らしくなるのか、なんて考えながら。
せめて「舞台」のあるところで鑑賞、と立ち寄った体育館でやっていたのは、
歌舞伎「修善寺物語」。
私は、その完成度の高さにビックリしてしまいました。
「歌舞伎」として、違和感がない。
立派な衣装は近くのテレビ局(現在は移転してしまった)からを借りてくるのだとか。
でも着物だけじゃない。
もちろん素人ではあるけれど、ちゃんと歌舞伎のように演技しています。
後から聞いたら、流れる三味線も生徒の一人が弾いていた、というからさらに驚きです。
惹きつけられるまま行き着いたラストシーン。
死にゆく娘の顔を、非情にも
面作りのためよく見えるように上げさせるところで
柝の音が一本大きく入る……その緊迫感とクライマックスの高揚に、
私の目からは涙がポロポロと流れ落ちました。
歌舞伎を舞台の上で見て感動する、という原体験は、ここに生まれたのです。
この「修善寺物語」のほか、「毛抜」も「白浪五人男」も、
実は3年間の高校生活のなか、文化祭で見たというのが私の初体験。
私と同じ年の人たちの中に、
歌舞伎をやろうとするほど歌舞伎が好きな人がいたことに、感謝。
映画に関しては、
演劇に比べると「歴史」(?)が浅く、
まずは実験的にとりまくるドキュメンタリー風のものが隆盛だったと記憶します。
今とちがって、8ミリ映画のフィルムを買わなければならない。
ビデオやDVCのように「削除」や「上から撮り直し」が効かない。
その場で再生することもできない。
4~5日して現像できたものを見て初めてできばえがわかるのです。
全部ピンとはずれだったり光が足りなかったりすると、
そのフィルムはおシャカですから、本当に大変。
大体、今のように
どの家にもビデオがありビデオカメラがある、という時代ではありません。
8ミリ撮影機のほか、映写機も必要ですから、
クラスに一人か二人、持っているという生徒の親に借りたり、
図書館から借りたりしていました。
その上、このフィルム、
撮っただけでは「サイレント」。
音声は後づけ、つまり「アフレコ」もしなくてはならないのです。
「あとになって口の動きとまったく同じにしゃべらせる」というのは
至難の業。
声優志望でもなんでもない、タダの高校生ですからね。
だからサイレント映画の弁士よろしく、
あとから説明をつけるほうが楽なので、
ドキュメンタリー風のものがまず流行ったのではないか、と思います。
それでも、
だんだんとドラマ風なつくりのものも増えてきます。
みんな自分の大好きなドラマや映画のようなものを作りたいのですから。
アフレコもがんばります。
合わせようとはするけれど、寸分たがわず一致させるのは、やはり難しい。
しかし、
私たちのクラスが2年生のときに作った映画では、
この「一致させる」にこだわりました。
通称「サンパチツートラ」という2トラックあるフィルムを使用、
パルスと呼ばれる信号を片方のトラックに入れて、
音声が映像と同調するようにしたのです。
文化祭の直前は数人が徹夜続きでアフレコや編集作業をやりましたが、
どうしても間に合わず、初日(文化祭初日)の朝1回目は中止、
2回目からの上映になりました。
会場となった社会科教室前の廊下に毎回長蛇の列が並んだときは、
みんなで飛び上がって喜んだことを覚えています。
昨日、同窓会があり、
久しぶりにその映画を上映し、皆で楽しみました。
「あそこにオレが映ってる!」
「これ、オレの家だ!」
「こんなシーンあったっけ?」などと
チャチャ入れながら皆で見て、予想以上の盛り上がり!
同窓会恒例の自己紹介も、
あの映画で自分は何をしたか、というテーマでまわしたら、
「子役で出演しているあの子どもは、ボクの家の隣の子に頼んだ」
「自分が映ってないのは、カメラを回していたから」
「ロケに人を集める係で、家の電話代がいつもの五倍になった」
「機材を借りにいった」
「会計係だった。最初に集めたのは一人500円」などなど
当時の大変さが今さらながらにしのばれて、
とても感慨深い同窓会になりました。
貢献のしかたはいろいろだし、
その当時の人間関係もいろいろだけれど、
30年経って、こんなふうに笑い合えるって、素晴らしい。
映画にありがとうと言いたい気持ちです。
ロケに貸してもらったクラスメイトお家の壁にアナをあけてしまったことも、
今だから笑い話ですが、
当時はほんとにマッサオだったんですから。
昨夜、
「ようやく新築した親父自慢の家だったんだよ」と初めて聞いて、
自分がマイホームを持つこの歳になると、
なんと大変なことをしでかしてしまったのか、と
今もう一度謝りに行かなくては、と思うくらい申し訳なく思いました。
実は、
この作品のシナリオ、私が書いたもの。
そのお話は、また明日。

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