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牡丹燈籠@シネマ歌舞伎

「牡丹燈籠」はとても有名な怪談。
お露は新三郎を恋い焦がれるあまり、
死んだ後でも幽霊となって新三郎のところに通ってくる、
そのときの「カラン、コロン」という下駄の音、
お露の侍女・お米(これも幽霊)が持つ燈籠の明かり、
幽霊と睦みあい精気を吸い取られていく新三郎、
二人の濡れ場を伴蔵が覗き見ると、
なんとお露はガイコツだった!……と、ここがクライマックス!!
だと私は勝手に思い込んでいた。
ところが、
話はここからが本番。
幽霊だと見破られ、耳なし芳一のように家中お札を貼られ、
その上新三郎は仏像を胸に抱き、
お露(七之助)はまったく新三郎(愛之助)に近づけなくなる。
そこで侍女のお米(吉之丞)は伴蔵(仁左衛門)に
「お札をはがしてくれれば、お礼をします」と持ちかける。
伴蔵は、新三郎のおかげで長屋に住まわせてもらい、
女房のお峰(玉三郎)とつましい暮らしをたてている。
遊び人で調子のいい伴蔵だが、働き者のお峰には頭が上がらない。
そんな二人にとって
幽霊の提示した「百両」は、あまりに魅了的だった。
悪魔ならぬ幽霊に魂を売った二人は
伴蔵の郷里で一旗挙げて羽振りのよい職人となったが、
それをよいことに女遊びにふける伴蔵。
「昔のほうが幸せだったかもしれない」と思うお峰のもとに
昔の知り合いが訪ねてきたのをきっかけに、
それまで一枚岩だった夫婦の間にピッと亀裂が入る。
「昔を知られたくない」
その思いが伴蔵に、恐ろしい計画を立てさせるのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ほかにも、不義密通を暴いた夫を返り討ちにした
妻・お国(吉弥)と源次郎(錦之助)のうらぶれた逃避行などがからみ、
因果が因果を呼んで、
誰もかれもが悲惨な道を歩む物語である。
怪談で背筋が寒くなる、というのは
実は「幽霊」や「お化け」が怖いのではなく、
本当に怖いのは人間だな、とつくづく思う作品。
さっきまで、「浮気の罪滅ぼしに」と着物など買ってお峰を喜ばせておいて、
人通りの少ないところにきたら、刺し殺してしまおうっていう
その残酷すぎる殺意。
しかしその伴蔵も、
かつてはお峰に楽な暮らしをさせてやりたい一心で
百両を手にしたときは、こんな日がくるとは思わなかったはず。
人間くさくて、愛すべきキャラクターと
その中に潜んでいた「悪」が膨らむ瞬間を
仁左衛門がぞっとするほどの陰影で演じる。
お峰はちょっと天然ボケで人の好い世話女房を
ゆったりと好演。
団扇で蚊を追ったり、本当に細かいところで生活を感じさせ、
貧乏長屋の疲れた感じから
大店のおかみさんの凛としたたたずまいまで、
夫次第の身の上ながら芯のしっかりした女性を造形。
お国(吉弥)と源次郎(錦之助)は、
逆に「密通」「殺人」の末、
源次郎は傷がたたって歩くに歩けないという体たらく。
「こんなはずではなかった」の連続なのだが、
「私は後悔なんかしていない」と言い切るお国が新鮮。
どんなに落ちぶれても、私はあんたと一緒になりたかったの!という
女の決意がいっそ潔く、
極悪なはずなのに、物悲しさが漂ってうなるほど見事。
歌舞伎って、一人の人間の中のさまざまな面を
無理なくそしてドラマチックに描いている。
すごいです。

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