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「ジェーン・エア」

松たか子・橋本さとし主演、ジョン・ケアード演出、
ブロードウェイ作品を日本公演に合わせて改訂して臨む
ミュージカル・ドラマ。
一言でいえば、松たか子の独壇場だ。
難曲の音程を少しもたがえずにジェーンとしての感情の起伏をセリフに乗せる、
その絶対音感と発声の確かさは見事というほかはない。
また、つつましやかに希望をつないで歌う場面から高揚し、
これ以上ないというほど力強く朗々と歌い上げるところまで持っていくし、
たたみかける歌詞を気ぜわしく動きながら音楽に乗せて歌う場面では
そのとき瞳の奥にはぎらつくほどの狂気をたたえ、
しかしセリフも感情も一つとして流されずきっちり観客に伝えてくる。
ああ、この人は舞台の人だ、と納得するのである。
対して橋本さとしのロチェスターは少し弱い。
音程の幅が大きいため、高音は裏声にならざるを得ないし、
半音を駆使したメロディーラインが不安定で、
とくに松とのデュエットでは
時にしっかりとしたハーモニーが得られない。
それが作曲家が意図した不協和音なのかズレなのか、
あいまいになってしまうのが残念だ。
ロチェスターが「弱い」という印象は橋本のせいばかりではなく、
ロチェスターという役柄自身がジェーンに比べ非常に魅力に欠ける、
というせいもあるだろう。
怒るにしても赦すにしても愛するにしても拒絶するにしても、
ジェーンには一貫性がある。
不幸な身の上に置かれ、暴れゴマのように自分をもてあましていた少女時代
自分に無償の愛を注いでくれた親友ヘレンの導くままに、
ジェーンは「正しく日々を生きること」が身についている。
その時代の女性としては自分の気持ちの押し出しがぶしつけかもしれないが、
わがままではない。ご都合主義ではない。
自分の「筋」に照らして生きようとする真摯な生き方が共感を呼ぶ。
ところがロチェスターは過去におびえ、自暴自棄となり、
「こんなカワイソウなボクだから、いいよね、ゆるしてくれるよね、しょうがないよね」
のオンパレードだ。
20歳以上も歳が離れている孤児で一介の家庭教師を
「ボクのジェーン」「ボクの親友」と呼んで母親のようにすがるロチェスターに
かつて原作を読み
ロマンスグレーのロチェスターにあこがれるジェーンと同じ目線で
小説の中の男ロチェスターに憧れさえ抱いた私は、
とても「ジェーンより20歳年上」には思えないカッコいい橋本さとしを前にしてなお、
40年後に初恋の相手に出会ったら老醜をさらして幻滅、
に近い落胆を覚えた。
「こんな男だったっけ?」
ネタバレになるので多くは語りませんが、
この歳になって考えると、女としてはほんとーに許せないことが多い男なのです。
「小説とはいえ、こんな男に恋心を抱くなんて、私はなんてネンネだったの??」
若い、というより幼かった私の「若気のいたり」を
ジェーンの「決断」は今になって私をハッとさせたのでした。
「正しく生きる」って、大切ねー。
ということで、ロチェスターに対し辛口なのは、ご容赦あれ。
ケアードによるアフタートークによると、
ブロードウェイ版との違いは長さ、そして原作への回帰。
コミカルさや、舞台装置・シーンの派手さを廃し、
より原作の物語性を大切にしたという。
人間の心理をじっくり味わえるよう観客との距離も近くしようと、
オーケストラピットともども前の3列ほどを潰して舞台をせり出させ、
その分舞台上に臨時の席を設けているので、
「子どもが読み聞かせの人をとりまくような」円形劇場の様相に近づけた。
好演していたのは
少女時代、ジェーンに愛をおしえ、
神の愛を信じながらチフスで夭逝したヘレン役のさとう未知子。
彼女の歌う「許して」は、
この舞台を支える大きなテーマ・モチーフとして常に心に深く響く。
観客はまるで一人ひとりがジェーンになったように、
彼女に優しくさとされ、癒やされる感あり。
もう一人、孤児のジェーンを引き取ったものの辛くあたるリード夫人役の
伊東弘美。
冒頭、子役とのからみの中で緩みがちな舞台を、
たしかな歌唱力と演技力で見事にひきしめる。
それとともに、ケアードが「Great Scene」と重要視している終盤の臨終の場面では
まったく歌わずセリフだけであるにもかかわらず存在感を見せ、
ケアードの期待に応えている。
物語の中盤はまったく出てこないキャラクターでありながら、
その間のリード夫人の人生を一場面で観客に覚らせる演技の深みに感じ入った。
ロチェスターとの結婚話が進む貴族令嬢ブランチ・イングラム役の幸田浩子も
オペラ歌手としての面目躍如、とびぬけた歌唱力で他を圧倒、
「孤児で器量は十人並みのジェーン」の対極としての
「貴族で美しいブランチ」を表した。
プレビュー公演も含め、まだ舞台が開いて3日目。
舞台稽古の間も頻繁に曲、歌詞、セリフがコロコロと変わっていったというから、
公演終盤は、もっとこなれてくるかもしれない。
日生劇場で9月29日まで。
*ロチェスターの娘・アデール役の加藤ゆららの表情豊かな演技が目をひく。
 妖精ごっこのときのバレエの素養もさることながら、
 オフィーリアの狂乱の場面をもじったところなど、
 子役としてはいろいろと難しい場面が多いのに、
 すでに自分らしさを出して表現している。
 彼女は少女ジェーンも演じるので、彼女のジェーンも見てみたい。

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