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「炎の人ゴッホ」

幕が開くと、暗くてみすぼらしい小屋の中に
貧しい鉱夫3人と、一人の老婆がいる。
吐き出すように、恨みをたたきつけて傷つけあう若者と、
もっと深い悲しみを知りつつ、二人をとりなす老人。
そして、
息子を炭鉱の爆発で亡くした老婆が、
泣くかわりに笑っているその声。
…ゴッホの話というよりは、
ゴーリキーかドストエフスキーか、というトーンで始まるのは、
三好十郎が1951年に書いた戯曲「炎の人」である。
なるほど当時の世相を色濃く写した
民衆の苦しみに共感した、
民藝らしい舞台の幕開きである。
炭鉱の伝道師として奔走したゴッホから始まり、
ベルギー、パリ、そしてアルルと生きる場所を変えながら、
「早く一人前の画家にならなければ」という使命感と
「自分の絵が売れない」という焦燥感と
「自分の絵に対する哲学は絶対に正しい」というプライドと
でも一枚も売れず、常に弟のテオのやっかいになっている絶望と。
彼の精神がのっぴきならないところまで追い込まれていく
その過程が、
リアルな説得力をもって私を襲う。
特に、
自分にとって最高の理解者であるはずのゴーギャンの言葉が
本人の意図するところとは違う悪意を背負ってゴッホを突き刺し、
次第に錯乱していくくだりは圧巻。
ゴーギャン役の益岡徹の好演もあり、
悪い人は一人もいないのに、傷つき傷つけあうしかなくなる二人を
まるごと理解したような気持ちにさせてくれる。
「僕が、僕が悪いんだ……」といってうちひしがれるゴッホの
弱さとずるさと幼さを、
市村は体当たりで表現する。
演技とも思えない気迫、しかし、おそらく最高に計算しつくされた演技……。
こなれた舞台である。
最初の老鉱夫から始まり、
ゴッホを優しく見守る男三役を演じた中嶋しゅうが絶品。
おだやかに、深くそしてくっきりと聞こえる言葉が
この人の役者としての力量の偉大さを運んでくる。
男性陣では中嶋のほか、前述の益岡と、
ロートレック役のさとうこうじが目を引いた。
テオ役の今井朋彦も熱演。
ただ、テオがどうしてそこまで兄を支えたいのか、
「無償の愛」というには今井は鋭すぎ、
「打算と義務」というには、優しすぎた。
二人の関係は非常に有名なので、
「そういうもの」としてすんなり見られる人には
気にならないかもしれないが、
益岡のゴーギャンのように、
存在だけで「理解と苛立ち」を感じさせる
そういう明確な存在感はなかった。
女性陣では荻野目慶子もよかったが、
なんといっても銀粉蝶だろう。
中嶋と同じく、彼女も三役。
最初の老婆が彼女だということは、わからなかったくらいだ。
あばずれた感じの役も、夫を尻にひくマジメな妻の役も、
何をやらせてもうまい。
私たちは、もっと気づくべきだ。
最近の日本の演劇を支えているのは、こうして脇を固める役者だということを。
そしてそういう人たちは、
数十年前の日本の演劇界で、
しっかりと基礎を学び、コツコツと芸歴を重ねてきた人だ。
彼らの実力にみあった活躍の場が
もっとあっていい。
彼らの舞台をもっと見たい。そう思った一夜。
舞台としては、
ベルギー、パリ、と場所を次々に変え
点描のように場面場面を切りとる手法で、
ゴッホの人となりと成長、そして人間関係をテンポよくつなげた
一幕目がよかった。
とりわけ、
パリの絵の具屋でゴーギャンやロートレックたちが
ゴッホのことを茶化しながらも描いた絵の前では一瞬言葉を失う、
そのパリらしい喧騒と芸術の深淵との同居が見事。
二幕は、ゴッホの「心の声」を録音で聞かせた演出が
よかったのか悪かったのか。
私は、市村ほどの俳優であれば、
心の声と現実の声とを、巧みに演じ分けてくれるのを見たかった。
たしかに、
もし市村以下の役者がやっていたら、
「声」だけで、あれほどの緊迫感はもたらされなかったかもしれないけれど。
二幕は冒頭のテオへの手紙もずっと市村の語りだし、
エピローグは中嶋の解説的長台詞が続く。
演劇としては、もっと立体的な動きが求められるところだ。
とにかく、
一幕目はあっという間だった。
二幕目の見所は、ゴッホとゴーギャンと「ひまわり」の場面である。
休憩をはさんで3時間半。
話が話だけに、最後はぐったりするが、
出ている俳優すべてが粒ぞろいで、
極上の一編を見せてもらった。
「炎の人」は東京・天王洲アイルの銀河劇場で6月28日まで。
その後、新潟、名古屋、大阪とまわる。

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