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中川晃教の「モーツァルト!」

人は成長する。
人は進化する。
数年前、やみくもに「自分流」を貫いていた中川晃教の歌い方は影をひそめ、
役に対する深い洞察を経て、
そこで悩み、はじけ、望み、苦しむ男は、
彼にしか表現できぬ「ヴォルフガング」だった。
「中川ヴォルフと井上ヴォルフはまったく違う」というリピーターファンたちの声を聞いて、
どうしても見たくなった中川バージョン。
だが冒頭の私の印象は、
「ちがう二人が演じながら、ここまで同じなのか??」という感慨だった。
井上ヴォルフを見て自分の中にできていたヴォルフガングの像が、ちっともぶれない。
裏切られた感じ、肩透かしをくった感じ、
「そうじゃないのに」という感じがないのだ。
これは、はっきり言って驚きだった。
初演の千秋楽、それまで中川ヴォルフをあえて見ないようにしていた井上芳雄が
中川のヴォルフをみて
「あっきーは自分と同じことを伝えようとしていると思った」と感激した、
という話がパンフレットに載っていたが、
その井上の気持ちが、非常によくわかった。
もちろん、
二人の歌い方はまったく違う。
内なる泉からあふれ出てくる爆発的な水流を何とか抑えながら、
豊かな声量で舞台をさらってしまう井上に対し、
中川はまるで囁くように、観客一人ひとりに語りかけるように歌う。
中川の「僕こそミュージック」を聴いていると、
放課後の教室に片想いの先輩と二人きりになって、
彼が独り言のように語る人生の悩みを、自分一人に打ち明けられたような気持ちになってくる。
どんなに彼が音楽を愛しているか、
何をどうしたって、自分にはこれしかないんだということが、
音楽に出会った歓びと、
その素晴らしい音楽に自分の力は見合うのかという苦しみとが、
ここまで哲学的に、ここまで深く心にしみこんでくるとは・・・。
不意打ちをくらった。
そこから3時間、私は中川ヴォルフからまったく目が離せなくなった。
彼はハリボテのピアノでも、きちっとモーツァルトの曲を弾いていた。
彼が必死にペンを動かし譜面を書いているとき、
それは「ふり」ではなく、本当に作曲をしているようだった。
すべてが、モーツァルト。
前回不調だった市村レオポルドも、今回は彼らしいたっぷりとした声を披露。
息子ヴォルフに対する悲痛なほどの愛情も、非常によく現れていた。
思うに、父子のかけあいは、中川との方がバランスがとれているのではないだろうか。
それは、身長の問題とかではなく、
中川ヴォルフが父親に対して求める愛情の形が、ものすごく共感できるからだと思う。
男爵夫人が「星から降る金」を歌い(涼風真世、たつきさんに負けず劣らず朗々と歌い上げる。絶品)、
それでも市村レオが「家族を捨てることは許さん」とかたくなな場面、
中川ヴォルフは「早く行こう」と袖を引くアマデ(ごめん、この日の子役確認せず)を
根気よく説得するようにやさしくなだめて父を見る。
直後に歌う「いつか時が来たら、僕は出て行く」は、
井上の時は、自分を離さない父親に対する憎悪のような感情が先に出ていたけれど、
中川は逆に、「今はその時期じゃない」と、自分で踏みとどまったいる様子が出ていて、
父親への愛の深さがものすごく感じられた。
中川ヴォルフを見ながら、頭の中には井上ヴォルフが常にある。
そこで聞く「影を逃れて」。
ふと、中川ヴォルフにとっての「影」とは、井上ヴォルフではないかと思った。
「自分の定めを 拒めるだろうか?
 殻を破り、生まれ変われるのか?
 自分の影から 自由になりたい」
井上芳雄の声は、天分である。
自分ではない、何か違うものが井上ヴォルフを突き動かしている。
凡庸な父にも、がんじがらめのザルツブルグにも、彼の暴走は止められない。
井上が
「メジャーとマイナー コードにメロディーも…」と歌う時、
その開放弦的メジャーな音楽は、無垢で、まっさらで、天から降ってくる。
しかし中川が
「リズムにポーズ 響くハーモニー
 フォルテにピアノ 紡ぐファンタジー」と歌えば、
それは彼が必死に努力して、最高の音楽を作り上げる道のりを感じさせる。
「ぼ・く・こ・そ、ミュジーイーック!」
井上ヴォルフにとっては、自然な言葉だ。
中川ヴォルフは「・・・になりたい!」の気持ちが背後にこだまする。
だからこそ、
最後の最後にこの歌がまた歌われるとき、
中川が「僕こそ…」といったまま終わってしまう、その幕切れがなんと哀しいことか。
物語の冒頭、天童ともてはやされた昔と同じ服を着たくて買った金モールのついた赤い服を、
父に怒られ捨てられてしまうヴォルフ。
その赤い服を、中川ヴォルフがカーテンコールに着て出てきたとき、
私は「よかったね…」と思ってしまった。
長いこと、そう、一生をかけて手に入れたかった赤い服。
「僕こそ、ミュージック」
井上ヴォルフの時は、何も感じなかった。
当然すぎるほど、その服は似合っていた。
彼はこれからも、ミュージカル界を邁進するだろう。
そして、中川は?
来年はミュージカルを離れて音楽活動に専念するという。
「自分の活動を5年、10年というスパンで考え、今しかできないことをやろうと思う」
と中川は話す。
彼は、自分の影を逃れられたか?
自分の殻を破ろうとしているのか?
自分を知るということは、苦しいことである。
しかし、それなしに成長はない。
彼が、いつ、なにに触発されてここまで成長したか、私は知らない。
「トミー」も「エレンディラ」も見ていないことが、
今さらながら悔やまれる。
自分の力量を理解し、その力量を最大限に生かす手法を手に入れ、
まるでヴォルフガングのように音楽と対峙した中川晃教のこの舞台に、
私は心から拍手した。
久々の、スタンディング・オベイジョン。
天使の歌声だけでなく、
人間の苦悩の中にも、神は宿ります。

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