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「仮名手本忠臣蔵」夜の部から、一力茶屋の場

定九郎が梅玉、勘平が菊五郎の五段、
勘平が菊五郎・おかる時蔵の六段、
由良之助が仁左衛門、おかる福助、平右衛門幸四郎の七段、
そして討入りは由良之助仁左衛門、服部が梅玉。
とにかく、
昨年の中村平成座で見た「仁左衛門の由良之助」前半の
続きを見られて、これで満足。
あとは「元禄忠臣蔵」の前半、
御濱御殿のところの仁左衛門が見られれば言うことなしです。
今日は、七段の一力茶屋の場面について、
書きたいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一力茶屋の仁左衛門は、
「酔うた酔うた」の酩酊ぶりからフッと鋭い目に変わるところが
ゾッとするほどこわかった。
「誰かおらんか?」とあたりを見回しながら庭先に降り、
見回しながら観客に一度背を向けて振り返りしな「正気」を見せる、
そのきっかけもまた見事。
その「正気」って、「目」力なのだ。
「気迫」や「声」も加わるけれど、とにかく目と眉の演技がすごい。
酔ってるときは、ずっと半開きというかほとんど一文字の伏せ目がちで、
一本線の眉も少し下がり気味。しかし、
たとえば、
殿の命日であることを知りながら、タコを食わせようとする九太夫(錦吾)に
足元おぼつかないふりをして手水のてぬぐい立てで突きを食らわせるところなど、
その「突き」の一瞬だけ、
目をカッと開き、眉はつりあがり、鬼の形相になる。
そしてまたもとに戻っちゃうっていう、
いわば大魔神変化自由自在、なのでした。
お軽や九太夫に密書を見られると色をなして狼狽するところは
去年見た橋之助の、何を見ても動じない泰然自若とした由良之助とは
全く役作りが違った。
お軽を口封じのために殺そうと決めたその残酷さと
そうはいってもかわいそうに思う憐憫と、
短い間にどちらも感じさせて奥に引っ込むところはさすがだと思った。
由良之助、喰えないヤツ。
「忠義のすごーいいい人」っていうよりは
「目的のためには手段を選ばない」切れ者っていう感じでした。
汚れ役を全部引き受けたっていうことは、
まあ小沢さんチックな部分があるということでしょうか。
うーん、由良之助っていうキャラも深いな~。
お軽は六段・七段で違う人っていうのが
ちょっと違和感ありました。
時蔵さんが、おしとやかで賢婦っぽいのに、
その後の福助さんは、根っからの遊女みたいな感じで。
ただ、
「三日たったら真夫のところにいってもよい」という
由良之助からの身請け話に小躍りするあたりから、
勘平が好きで好きでたまらない純な女心がひしひしと伝わってきて、
兄・平右衛門から勘平の死を聞いて泣き崩れるところなど、
ものすごい大げさなんだけど、とってもリアルっていうか、
ああ、
お軽ってこういう人だったろう、と感じた。
大体、彼のために遊女にまで身を落としたのに、
自分の一生なんだったんだろう、と嘆くのは当たり前。
世の中が崩れ去るほど大きな出来事を知らされたのだから。
そう、
お軽にとって、「世の中」とは勘平のこと。
ただ勘平だけを見て、他は目に入らない。
「殿中」事件のときも、
好きな人といっときも離れたくなくて引きとめてしまったし、
遊女に売られてしまうときも、
彼のため、自分で行くと決めたはずなのに、
未練が残って「行くわよ、行ってしまうわよ」と勘平に止めてもらおうとしたり。
今でいえば、
「もう少しいて」とか彼をベッドから話さず会社に遅刻させちゃう人とか、
彼さえ幸せならどこまでも貢いで
キャバ嬢にでもデリヘル嬢にでもなっちゃう人、とか。
そういうことなんだな、と思った。
今まで「一力茶屋」の場面って、
「世をしのぶ仮の姿」という見方しかしていなかった。
お軽が遊女なのも、
由良之助が酔ってるのもお軽を殺そうとするのも
「本当はそういう人じゃない」と決め付けて見ていたけれど、
ここは逆に、「本性あらわれる」場面なのかもしれない。
だからこそ
平右衛門も妹のお軽を殺して、その首をみやげに仇討ちの仲間に入れてもらおうとする。
さっきまであれほど再会を喜んでいて、
元気でよかったと笑い合っていたのに、その妹を殺そうとするとは
これだけはありえないなー、と以前は思っていたけど、
心の奥にある悪魔の囁きを「忠義」という名の大義名分で片付けて
なんとか立身出世し底辺から這い上がろうとする
切羽詰った小悪人を描いているのかもしれない。
お軽も「さあ殺して、いや、私を殺したらお兄さんに疵がつく、
私が自害するから首斬って持ってって」と言うから
兄の出世のために犠牲になろうという「さすが」の女のようにも見えるけど、
その前に「勘平さんもいないこの世になんか未練はない」が先に来てるわけで、
「もうどうなったってかまわない」だけなのよね。
平右衛門など、ものすごくコミカルに描かれているし、
幸四郎も余裕の演技でその三枚目的人物を作っているので、
見ているときはそんなふうには感じず、
「兄妹愛」の話だとさえ思ったのだけれど。
考えてみれば、
この話、判官と師直のどうでもいいような因縁のつけあいから始まった
「怨念」のどろどろ。
それを「忠義の仇討ち」というきれいごとにしてしまった赤穂浪士の事件を
この作者はものすごく冷徹な目で見ている、と思った。
他の段は、明日書きます。

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