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八月納涼歌舞伎(第一部)「天保遊侠録」

子どもを持つ親の気持ちがにじみ出て、
心がじんわりとほぐされるようないい作品だった。
泣きました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
勝小吉は
たった四十一石という小禄の貧乏旗本で、
小役人のせちがらい日々を嫌い、道場破りなどをして小銭を稼いでいた。
しかし、
一人息子の麟太郎(後の勝海舟)への教育は忘れず、
学問の筋が良いと言われて息子の将来を開きたいと考えていたところ、
養子の話が持ち上がる。
ありがたいながらも親子引き裂かれるのをよしとせず、
なんとか自分の手で育てたい、
そのためにはまず定職につかねば、と
それまで馬鹿にしていた小職にありつこうと
上役を招いて振る舞いをし、身を何重に折ってでもお願いしようとする。
上役たちは上役たちで慣れたもの、
相手は立場上絶対歯向かってこないとわかっているので
ことあるごとに無理難題を突きつけ、難くせつけてののしる。
我慢に我慢を重ねていた小吉も、とうとう爆発、
すべてをご破算にしてしまう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小吉が、前後の見境もなくなって
「禄高で人を値踏みするようなやり方には納得いかぬ、
自分は四十一石かもしれないが、人間として比べれば、
あなたたちには一歩もひけをとらない!」と本音で見得を切る場面では、
思わず万来の拍手が沸き起こる。
真山青果が昭和13年(1938年)に書いた戯曲である。
今よりももっと格差社会であり、
弱者の立場は保障されていなかった時代である。
この場面が内包するカタルシスは計り知れない。
多くの観客が「よく言った」「よく言ってくれた」と
さぞ溜飲を下げたことだろう。
しかし「言ってしまった」ことで、小吉は職を得られず、
小吉の実の姉で今は大奥勤めの阿茶局は、
「今日はどうでも麟太郎を連れて行く」と、決然と言い渡す。
その上、当の麟太郎も承知だというではないか。
すでにお城に上がるにふさわしい晴れがましい恰好になった麟太郎に
「お前も行きたくないってずっと言ってたじゃないか!
 キレイな恰好させてもらって心が変わったのか?」と
父親の小吉、かなり取り乱して大人気ない発言。
すると麟太郎、
「父上が小職を得て我慢できるような人なら私は敢えて行きません。
 でも、それは父上には無理でしょう、だから私はお城に上がります」と言う。
麟太郎を演ずるのは、小吉演ずる橋之助の実の次男・宗生である。
蘭学にも通ずる秀才らしく、
名探偵コナンかひょっこりひょうたん島のハカセか、
子どもらしいというよりは新人類、世の中を達観して淡々としたセリフ回し。
そのため、どこまでもウェットな父親に対し、クールな息子
あるいは鳶が鷹を生んだ、的な、学のない父親と時代の先を行く息子、
という対比が際立ち、思わず笑いを誘う。
ああ、この父親、子どもにバカにされてるな、という感じだ。
しかし、
よくよくセリフを聞いてみると
麟太郎は川で魚をとったりするのが大好きで、
本当はお城に上がるよりも破天荒な父親のところに残りたい気持ちが強く、
しかし、自分の成長のために父親が生き方を縛られたり身を恥じたりすることをよしとせず、
辛い気持ちを押し殺して養子の話を受け、お城行きを決意する、というのが
本当のストーリーのようでもある。
宗生の麟太郎には、そのいじらしさのようなものが感じられず、
端午の節句には宿下がりをしたい、というセリフが
何のためにさしはさまれたのかすぐには理解できなかった。
最初のクールさはそのままだとしても、
終盤のセリフの意味をもう少し深く考えてくれたら、と非常に残念。
橋之助の小吉造形が見事だったので、なおさら感じたかもしれない。
先だて(六月)の児太郎といい、この宗生といい、
名門に生れることの厳しさをつくづく思う。
重圧に負けず、(といいながら私のこの文章がすでにその一端なのかもしれないが)
精進してほしい。
この前も触れたが、扇雀の八重次はよかった。
昔駈け落ちの後に取り残された恨み言を小吉にぶつけ、
何のかんの言っても結局いいとこの坊ちゃんだからね、と嫌味をいいつつ、
今の小吉の苦しさも理解し、懐の深い女っぷりを見せる。
なんといっても声、セリフの口あとがよい。
小吉の破天荒ぶりを愛する甥・庄之助を演じる勘太郎は、
演技・セリフとも大げさにバタついて気にかかった。
他の演目がよかっただけに、ちょっと残念。

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