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仁左衛門一世一代「女殺油地獄」


今、「六月大歌舞伎」昼の部で行われているのが
近松門左衛門作・女殺油地獄(おんなごろし・あぶらのじごく)
主役の与兵衛を演じるのは、片岡仁左衛門である。
彼が初めて与兵衛という役についたのは、
20歳のときだったという。
すでに還暦を越えた片岡仁左衛門が
「若く演じるだけではなく、本物の若さがなければできない」
と思っているにも拘らず、
歌舞伎座さよなら公演のために演じている。
その人物造形の見事さは
なんと形容したらよいのだろうか。
単なるわがままな大店の坊のようでいて、
ふと見せる殺伐とした修羅の顔に、途方もない孤独が垣間見え、
根は悪い人じゃないと思わせたかと思うと、
突然スイッチが入ったように暴力の限りを尽くす。
現代にも通じる家庭内暴力の話というおうか、
いとしい我が子ながら、
どう接してよいかわからず右往左往する義父、
ためにならぬと厳しく突き放す母、
そうはいっても憎みきれず手をさしのべようと画策する二人、と
親の身として観ると、
他人事とは思えぬリアリティーでひきつけられる。
しかしやはり圧巻は「油地獄」の場であり、
両の親の愛に触れてたしかに改心しているはずの与兵衛が
その親からもらった金では借金の返済に足りぬといって、
顔見知りの人妻お吉にあと200貸してくれと迫る。
ほとんど貸してやろうかと思ったお吉だが、
この男、どこまで本当のことを言っているやら、という懐疑心と
夫に要らぬ疑いをかけられては迷惑とばかりに拒否に転じる。
「どうせ疑われているのなら、いっそ不義の仲になって、
 そして私に金を貸しておくれ」とにじり寄る与兵衛。
はねつけられると「冗談、冗談、」とはいうものの、
すでにこの女を殺して金を奪おうとの算段で頭はいっぱい。
太宰治と似ている。
金持ちの家に生れて、
その家を継ぐ甲斐性はなく、
カネは使い放題、地道に稼ぐあてもなし、
それでもプライドだけは高く、何かといえば
「男が立たぬ」。
自分の欲望を前にすると、見境がなくなるのである。
暗闇の土間、商売ものの油がこぼれたぬるぬるの中で、
与兵衛はお吉を刺そうとする。
必死に逃げ惑うお吉を、
与兵衛は次第に追い詰めていく。
まるで現代音楽のような三味線の音が
二人の動作にからみつき、
音階を上がったり下がったり、止まったり動き出したり。
浄瑠璃が醸し出す独特の世界が
殺人現場の臨場感に観客を引き込んでゆく。
与兵衛の心理描写が秀逸だ。
はじめは匕首を握る指さえ震えていたのに、
いまや与兵衛の顔には笑みさえ見える。
悪事を楽しんでいるのだ。
お吉を殺してようやく我に返り、
今度は急に怖くなる。
歯の根もあわず、腰も抜け、
おちおち逃げ出すこともままならぬが、
それでも金はきっちり奪い、
すべてを懐に、ねじこみ、ねじこみ、
夜の闇に消えていく与兵衛。
悪党になっていく。
こうしてただのチンピラが、
親に甘えてすねている単なる道楽者が
本物の悪党になっていく……。
逃げた与兵衛はこの先どうなるのか。
仁左衛門が花道を駆けていき、
舞台には幕が引かれた後も、
私の心はまだ続きを見たくて仕方がなかった。
お吉役の片岡孝太郎が、また素晴らしい。
口あとのよいセリフ、エッジの利いた動作。
夫に対する良妻ぶり、
子どもに対する母ぶり、
誰にでも親切心が湧いてくる心根のよさが災いして、
気がつくと与兵衛の金銭トラブルに巻き込まれてしまっている、
その必然を、無理なくわからせてくれる。
仁左衛門の与兵衛が、感情的な必然を生きているとすれば、
孝太郎のお吉は、理屈で必然を見せてくれるのだ。
この対照性が、
情事の一つもないのに油まみれで死ななければならなかった
お吉の死の理不尽さをドラマチックに仕立てている。
深い。
深すぎる。
さすが近松門左衛門である。

歌舞伎座さよなら公演、昼の部である。
6月は27日が千秋楽。

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