「こわれゆく世界の中で」の舞台となるロンドン・キングスクロスは、
日本でいえばかつての新宿大ガード下みたいな、「近代化から取り残されてしまった地域」。
そこに息づく人間臭さは、時に鼻つまみものとなり、
「再開発計画」が浮上するのはどの国でもお定まりのコースのようだ。
その再開発を手がけるべく、自分のオフィスもキングスクロスに持ってきたのが
ジュード・ロウ演じるウィル。
建築家ウィルの信念は、「人間は環境に左右される」。
だから、クリーンで穏やかな街並を実現すれば、キングスクロスから犯罪はなくなるはず!
計算しつくされ、理路整然と説明がつき、「正しさ」と「寛容」を求めて暮らすウィル。
だが、実はそうした近代的な生活に疲れ果ててもいた。
オフィスが泥棒に荒らされたり、売春婦に出会ったり、と今までにない時間を過ごしながら、
ウィルはキングスクロスに生きる人々の持つ「生きるエネルギー」を浴びて変わっていく。
出会ったのは、キングスクロスに暮すボスニア難民の女性・アミラ。
「あなたは不幸せ?」
アミラはウィルの表情を見ていう。
ウィルは10年も同棲を続けているリヴと、本当のところで心が通じ合わなくなっている。
心を病んだリヴの娘・ビーとの格闘にも疲れている。母と娘の異常な密着度にうんざり。
「あの家に帰りたくない」状態には、日本のお父さんたちも共感するかも。
アミラにも悩みはある。
夫を失い、たった一つの宝物である息子が、悪の道に入っているのを知りながら、
どうしても止められない。
サラエボからせっかく救った命を、ムダに過ごしてほしくないのに。
彼女にできることは、大好きなお菓子を作って、思いっきり息子を抱きしめるだけ。
「もうボクは16歳だ」といいつつ、息子のミロもまんざらではない。
カウンセリングに通っては、次々と「○△療法」に明け暮れるスウェーデン系のリヴと
「勘」を働かせて人生の危機を潜り抜けているムスリム系のボスニア人・アミラ。
ウィルは、一見、対照的な2人の女性の間で揺れているようでいて、
実はこの2人、似たもの同士だともいえる。
「子どもを愛しすぎる母」なのだ。
アミラが一番求めているものは?
リヴがウィルに本音を言えない理由は?
そしてビーは、なぜ眠ろうとしないのだろう。
ヨーロッパは病んでいる。
ドイツ映画「素粒子」、フランス映画「情痴アヴァンチュール」、
そしてイギリス映画「こわれゆく世界の中で」。
出てくる人々は、みな「愛」の意味をつかめなくてもがいている。
そして最後は結局「意味なんてもういい。Sexすれば、それが愛」とごまかすしかない。
いや、Sexすることで、「考えない」人間、動物としての人間に戻ろうとしているのかもしれない。
頭だけになってしまった人々が、昔失くした体をいとおしむかのように。
日本にも、同じような現象が見られる。
欧米と違うのは、「Sexで救われる」ではなく「セックスレス」の方向に行っていることか?
いずれにしても、「愛」のカタチが見えにくくなっていることに変わりはない。
今、人間関係にがんじがらめになっている人、出口のない人、
自分のカラを破れずに悩んでいる人には、
「もしかして、私ってこんなふうに見えてる?」と思う場面がいろいろあるかもしれない。
何か、現状から1歩歩み出すヒントがあるといいな、と思う。
でも、お父さん、「なるほど、浮気すればいいんだ!」はナシということで。
4月21日から、日比谷シャンテシネ、渋谷東急bunkamuraル・シネマで公開です。
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