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「カブキの日」


歌舞伎に詳しい作家が書いた「カブキの日」という本だから、
歌舞伎についてのさまざまなウンチクが書かれているエッセイなのか
と思って最初のページを開いてみると……。
「崇徳院の怨霊が船に乗って日本全国に出没するという事件が、
 元亀年間に多発した。院の怨霊は飾り立てた御座船に、
 鬼のごときあさましき御姿となって乗りあそばされており……」

私はいきなり靄にけむる夜の水面と
ギィコ、ギィコと揺らぐ船の音、
そしてその舟のへさきに
白装束に般若の鬼面をつけた男の立ち姿を
つきつけられる。
ギィコ、ギィコ、の櫂の音は、
「これによりようやく怨霊船は姿を現さないようになった」で
フェイドアウトしていく。
そして文庫本でたった1ページと4行の「i」の章が終わると、
今度は大きな「1」の章が始まる。
「運河にたちこめる朝靄の向こう側から現れたのは、
 一艘の手漕ぎ舟である。
 ゴンドラ風に反り上がった船首には、ランプが釣り下げられ、
 その明かりが朝靄に滲んで甘い光の輪を作っている。
 靄の中から船頭の姿が見えてくる」

ギィコ、ギィコの音が、また大きくなる。
しかし今度の船に乗っているのは、船頭一人。
そして舟は「ホテル」の船着場に止まると、
品のよさそうな親子三人を乗せる。
父親と、母親と、そして娘の蕪(かぶら)。
「ホテル」やら、3人のモダンな装いやら、
話の端々に、それが「元亀年間」でないことは明らかだ。
時間が交錯している戸惑いを抱きつつ、
物語は進む。
3人が目指すは、湖の向こうにある「世界座」の顔見世興行。
そう、
「カブキの日」が始まる!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
歌舞伎を見たことがあり、
歌舞伎に関心を持ち、
もっと歌舞伎のことを知りたいな、と思った人に
おすすめの小説。
顔見世興行のたった一日に起こった出来事に、
上の「i」のような歴史的な逸話を挿入して奥行を持たせ、
謎めいた空気と因果の香りを焚きこめる。
「歌舞伎座」(ここでは琵琶湖畔に設定された想像上の劇場・世界座)
という歌舞伎を閉じ込めたタイムカプセルのような空間に、
「歌舞伎」という芸の現実の蓄積と、
ファンタジー小説のような夢の冒険と、
歌舞伎自身が持つ夢か現かといったアブナイ魅力とをないまぜにして
話は進む。
少女・蕪(かぶら)と若衆・月彦が運命共同体になって挑む
「カブキの冒険」は、
さながらダンジョン・ゲームのようだ。
しかし「歌舞伎」という至芸を極めんとする名優たちの思いが
丁寧に描かれているがために、
単に目的地をめざすRPGになりさがることがない。
最後はまるで客席に自分の席が用意されていて、
その「事件」の一部始終を目撃した観客の一人になった気分である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
クライマックスの「船」の使い方、
そして最後の最後、舞台が外へと開けていくところなどは、
まるで蜷川演劇を見ているようだ……とか思っていたら、
なんと、
巻末の「解説」は蜷川幸雄が書いている。
「グリークス」で仕事をした
菊之助・寺島しのぶ姉弟とのエピソードから始まり、
寺島しのぶにしても松たか子にしても、
「歌舞伎界に生れた娘」が
「私は歌舞伎ができない」という思いを抱き、
それが内側に巨大なエネルギーをため込ませたがゆえに
女優として異彩ともいえるオーラを放っている、と
言及しているところが眉目。
この「カブキの日」を劇にするとしたら、
誰に「蕪」をやってもらうか、という視点が
また演出家らしい。
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小林の小説と、
蜷川の解説と、
そして歌舞伎と三つどもえで楽しめる、
濃厚な一冊。
今の歌舞伎座が壊され、
「近代的なビル」にとって換わられようとする今、
「歌舞伎座」という空間の持つ意味を
これほど考えさせられる小説に出会ったのは、
何か意味があるのかも、とさえ思う。
新しい歌舞伎座を作るプロジェクトに関わっている人には、
全員に読んでもらいたい。
そして、
「世界座」のように歌舞伎の世界と歴史とを体現するという
大きなコンセプトをもって新たに作ってもらえたら、
私は本当にうれしい。

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