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「シェルブールの雨傘」@日生劇場

今年最後の感激は、
井上芳雄主演のミュージカル「シェルブールの雨傘」
千秋楽でした。
知人から「とってもいいよ!」と言われて、
急遽入手した東京・日生劇場千秋楽のチケット。
ほんと、心にしみるいい作品でした。
千秋楽だったので、
最後にキャストから一言がありました。
井上くんの
「全編歌で綴るスタイルがどれくらい観客の皆さんに受け入れらるか、
 心配と期待とあったんですが、
 それぞれが自分の思い出や経験と重ね合わせて、
 当時を懐かしんだり、ちょっぴり後悔したり、いろいろ思えて
 (1958年~1963年のフランスの話だけれど)
 ああ、これはとても普遍的な物語なんだな、と改めて思いました。
 僕の舞台を毎回観に来てくれる父は、
 いつも『よかった』『まあまあだな』くらいしか言ってくれないのですが、
 今回は『泣いた』と言ってました。
 あ・の・父でも泣いたんですから(笑)。
 父の過去に何があったかは知りませんが(笑)」
彼の言葉がすべてを表していたと思います。
16歳のジュヌヴィエーヴ(白羽ゆり)と20歳のギー(井上芳雄)との恋。
「彼しか見えない!」のジュヌヴィエーヴの一途さもリアルなら、
そんな娘を危なっかしがる母・エムリー夫人(香寿たつき)の心情もよくわかる。
北の軍港町・シェルブールの一隅、
母一人娘一人で売れない傘屋をやっている夫人にとって、
日々の資金繰りがどれだけの重荷だったことか。
ところが娘はギーとの未来しか眼中にない。
8万フランの返済催促と聞いても、
「私が働くわ!」とアッケラカンと答える娘。
「何をして?」「何でも。ギーと二人で」
「結婚は論外よ」「どうして?」
「子どもでもできたら働けない」「働けるわ!大丈夫」
16歳である。
「生活」というものを知らない。
知らないことの幸せを、できるだけ延ばしてあげたい母の心。
娘は、それにも気づかない。
仕方ない。子どもってそういうものだし。若いってそういうことだし。
そして彼女は、結局運命のワナにはまってしまう。
アルジェリア戦争に向かうギーと契りあったことで、
妊娠してしまうジュヌビエーヴは、
音信のとだえがちなギーを待っている。
待っているが、お腹は大きくなる。
そんな彼女を妻に、と望む裕福な中年男性・カサール(岸田敏志)。
1958年だ。
シングルマザーという言葉も、
フリーセックスという言葉も、まだない。
すべての人が知り合いのような、田舎町で、
娘のお腹が大きくなることの恐怖。
「たった一度」の責任を、男がとるのかとらないのか、
母親のこれまでの人生からは、
会ったこともないギーという青年を待つという娘を
応援するという選択肢は出てこなかった。
戦争が終わり、
負傷して帰ってきたギーのむなしさは、いかばかりか。
外地からの帰還兵ならどんな戦争であっても経験するものだろう。
理不尽な戦争で生きるか死ぬかをかいくぐってきたら、
故郷はそんな自分の何年間はなかったことのように動いている。
兵士の帰りを待てず、あるいは誤って戦死と告げられ、
生活のために結婚あるいは再婚した女性は多かったに違いない。
帰ってきた兵士も地獄、
それを知った女性も地獄である。
同じように戦争が引き裂いた二人を描いた
ソフィア・ローレン主演の「ひまわり」は、
じっと待っていた女性の悲劇に終わったけれど、
この物語は似ているようで、ちょっと違う。
ギーにも心安らかに暮らせる家族ができ、
ジュヌビエーヴも豊かな生活があって
その上で二人が出会うラストは
本当に心にしみる。
お互いが自分の心の中で過去に一区切りをつけ、
明日に向かってしっかりと歩んでいるからこそ、
悲恋ではあるがハッピーエンド。
当時、この映画が爆発的にヒットした理由がよくわかる。
太宰の小説「ヴィヨンの妻」と同じなのだ。
今ある条件の中で、必死に生きる人々への応援歌。
「シェルブールの雨傘」といえばサントラとして世界中でヒットしたので、
大事な場面で哀愁たっぷりの歌が流れると、反射的に心がうずく。
サウンドだけでもせつないこの歌だが、
そこにこめられた歌詞と状況を舞台で体感すると、
いっそう心がしめつけられ、涙がこぼれる。
人生って、すべてがボタンのかけちがい。
でも、
かけちがった人生を、最初からやり直すことはできない。
ちょっといびつでも、そこから幸せをつかまなければ…。
井上芳雄は体全体から恋する男のフェロモンが出るようになった。
ゾクゾクさせて、なかなか見事。
歌は文句なし。
難しいメロディラインが続いてキャストはみな苦労したようだが、
彼の歌は歌詞も雰囲気もよく出ていた。
ストレートプレイへの出演から学んだことは大きい。
つぶやくように、でも、しっかりと情感をこめて歌うことができている。
香寿たつきは自分でも
「宝塚を離れて初めて女役をやっている気がする」というほど、
今までになく高音域の役。
最初「これって彼女の歌声だったっけ?」と一瞬思ったくらい、
これまでと雰囲気が違った。
16歳の娘を持った母だから、設定は30代だろうか。
まだまだ色気があって美しく、
もしかして、本当は彼女は娘じゃなくて自
分がカサールと結婚していんじゃ?
…と思わせるだけのものを持っているところが、またいい。
自分の音域を拡大したことで、これからはもっと芸幅が広がることだろう。
失意のギーを支え、最後に妻となるマドレーヌにANZA。
物語の冒頭に出てきたそのときから、
大したセリフも出番もないのに、
「この人、絶対ギーが好きだ!」ってわかる演技が秀逸。
それも、大げさでなく、
ただ瞳が訴えている。
好きだけど、大好きなギーは違う人を思っているのねっていう
抑えてるけど瞳は燃えてる、みたいな。
「アイーダ」のアムネリスで見せた炎のライバル心もよかったけれど、
こういう静かな演技もできる点を、私は評価したい。
ギーの親戚の、年老いた叔母・エリーズ役の出雲綾もよかった。
弱弱しく高齢や病弱さを表現しつつも、
静かな歌はエリーズの暖かい愛情をよく伝えた。
岸田さんは時々音程をはずしてはいましたが、
小娘に心奪われてしまった中年男の突拍子もない恋心と
それを自覚する良識と包容力を、うまく表していたと思う。
見てよかった~、と思った舞台でした。
年明けからは、大阪のシアターBRAVA!にて、1月14日~17日
お近くの方は、ぜひ。

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