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「ラ・マンチャの男」幸四郎1200回@帝劇

セルバンテス原作の世界的名作「ラ・マンチャの男」ミュージカル版。
松本幸四郎が主演を務めて今日千穐楽で1207回を迎える。
43年間。1人の人だけが長きにわたってキホーテを演じるのは、
世界中で演じられている「ラ・マンチャの男」でも、彼だけであるという。
坂田藤十郎の「曽根崎心中」におけるお初にも匹敵する素晴らしい記録である。
素晴らしいのは、「回数」だけではない。
1200回公演は奇しくも彼の70歳の誕生日であったというが、
70歳で2時間半休憩なしでやれる体力もさることながら、
その低く甘い歌声は朗々と力強く、誠実で理知的で、
何より会場の隅々まで行きわたってすべての観客を支配した。
ともすれば彼は、「歌舞伎俳優がミュージカルもやっている」ように見られがちだ。
だが彼は、ミュージカル一本でやってきたどんな俳優と比べても、
その存在感、実力ともに第一級であることを声を大にして言いたい。
その第一級の幸四郎キホーテとわたり合うのが
彼の娘・松たか子アルドンサである。
松がまた、全身全霊でアルドンサの希望と絶望を行き来して、
一つとして悲しい台詞がないにもかかわらず、涙をこぼさずにはいられない。
生きるとは、悲しいことなのだ。
悲しいけれど、生きていく。それを体現してくれる松のアルドンサの気迫。
生きるためには前を向かなくてはならない。
かつてアルドンサのように現実に打ちのめされた男が
今「理想」を求めて歩き続けている。
なぜキホーテがアルドンサの中に「ドルシネア姫」を見出したか、
それがしっかりとわかる演出になっている。
演出は、松本幸四郎。
彼の哲学が、43年の間に「ラマンチャ」と一体となって1200回目を迎えた。
半世紀前、ベトナム戦争に行き詰っていた頃のアメリカで生まれたこのミュージカルは、
一見老い呆けた主人公の口を借りてこう言わせている。
「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生にただ折り合いをつけてしまって、
あるべき姿のために戦わないことだ」

おかしな世界では、まともな人のほうが「おかしいんじゃない?」と思われがちだ。
今の日本が、まさにそうであるように感じるのは私だけだろうか。
本当に正しいことを言っているのは誰なのか?
見かけにだまされず、真実を見つめ、耳を傾け、考えていかなければならない。
そんなことを考えさせられたひとときでもあった。
主役の松本幸四郎、松たか子はもちろん、
サンチョ・パンサの駒田一、牢名主/宿屋の主人の上条恒彦、神父役の石鍋多加史など、
歌声のクウォリティの高さは群を抜く。
オペラばりに台詞を違えての二重唱・三重唱でも
それぞれの歌詞がはっきりと生きる。
特にキホーテ臨終の場面で歌われる聖歌の歌い出し「ドミネ、ドミネ…」は
天から届く天使の歌声のように、静かで厳かな響きを持ち、
教会の伽藍とステンドグラスからこぼれる一筋の光が見えるようであった。
それにしても。
幸四郎は幸せだ。
歌舞伎の世界では息子染五郎と、
ミュージカルの世界では娘たか子と、
世代を超えて、丁々発止、がっぷり四つで勝負ができている。
役者一家にあって、
それもそこに生まれても歌舞伎役者には男しかなれないという家にあって、
できる宿命にもできない宿命にも負けずに息子も娘も成長し、
今そこに一流の役者として親子が対峙できるなんて・・・。
素晴らしい古希のプレゼントですね。

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