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「ロマンス」

井上ひさしが栗山民也の演出で、チェホフの生涯を書く。
これだけで、事件。
そこにキャストが発表される。
松たか子と大竹しのぶの共演!
またまた事件。
これは、行かなくちゃ。
男性陣もすごい。
木場勝己、段田安則、生瀬勝久、井上芳雄。
え? 井上クン、ミュージカルじゃないのに出るの?
え? この6人しか出ないの?
ええ? 4人の男全員が、入れ替わり立ち代りチェホフをやるの?
一体、「ロマンス」ってどういう舞台なの~???
というわけで、行ってきました、世田谷パブリックシアター。
すると幕開き1分、井上センセイはその答えを観客にくれたのです。
「これは、ヴォードヴィルなんです!」
つまり、歌あり笑いあり、の気軽なお芝居ですよ、と。
気軽だけど、人生のすべてが詰まってますよ、と。
チェホフさんは、ヴォードヴィルが大好きだったんですよ、と。
そうか、だから芳雄クンなのね。松さんなのね。
ミュージカルではないけれど、
俳優たちはよく歌う。全員で。一人で。二人で。
大体、井上ひさしと宇野誠一郎のコンビは、
名作「ひょっこりひょうたん島」を作っているのだから。
あれなど、まさに、ヴォードヴィル!
松たか子の歌声は、明るくて、伸びやかで、ストレート。
ギターの開放弦のように、何ものにも邪魔されない。
コンサートに来ているみたい。
天性の声質。本物の歌手だ、と思う。
井上芳雄は経験を積んだ証拠か、
無理している気配をまったくさせずに会場いっぱいに響き渡る声を披露。
フォルテッシモも、ピアニッシモも、
すべてのフレーズをないがしろにしない丁寧さが光った。
そして表情も豊か。
一人で何役もこなせばならないという舞台は初めてというが、
ストレートプレイの部分も、ベテランたちに混じっても堂々たるもの。
「ヴォードヴィル」だから、喜劇的な部分もたくさんあるが、
これがけっこうピタリとはまり、まさに新境地開拓といったところか。
間合いを肌で感じることのできる役者。
これからがますます楽しみになってきた。
そこに、大竹しのぶである。
怪演。
松たか子と大竹しのぶがデュエットすると、
最初は松の声にしびれるが、気がつくと大竹の歌に酔っている。
ソロになると、もっとすごい。
「タバコはいかが?」の歌を
駆け出しの女優としてカマトトっぽく歌うところもよし、
チェホフの作品「かもめ」の雰囲気を出して、アンニュイに歌うものまたよし。
同じ歌詞、同じ旋律なのに、
まったく違うものを見せられたような気になるのだ。
老婆の役でちょっと出てきた時も、最初は誰だかわからないくらい。
体の使い方も、声の作り方も、
他の5人がどんなに正攻法で素晴らしい熱演を繰り広げていようが、
大竹しのぶが出てきたら、
「大竹しのぶ」がすべてになってしまう、そのくらい、「格」が違うのである。
こまつ座のHPにある「あらすじ」の書き方によると、
チェホフを支え続けてきた妹・マリヤ(松たか子)には、
「自分こそチェホフの最大の理解者だ」という自負があったのに、
気がつくとチェホフは妹の自分より女優で妻のオリガ(大竹しのぶ)の言うことばかり聞いている。
その喪失感がテーマ、
つまり、主人公は松たか子のような書き方をしている。
それは、もちろん間違いではない。
けれど、「主人公はこの人」などと言えないのが、この舞台。
チェホフがいて、スタニスラフスキーがいて、トルストイまで出てきて、
演劇論、文学論を展開させるのだから、
その上本を書いているのは井上ひさしで、演出したのが栗山民也じゃ、
芸術そのものが主役と見る人もいるだろう。
(ちなみに、トルストイ役の生瀬勝久、サイコーでした)
セリフの端々に出てくるチェホフの名作の数々こそが主役と思う人もいるだろう。
医師だったチェホフが考える理想の医学の話がもっとも心に残る人もいるだろう。
しかし、タイトルは「ロマンス」。
この舞台は、チェホフはチャイコフスキーのロマンスが好きだったということから、
この楽曲を生のピアノでBGMに使いながら展開るすのだが、
ただそれだけでこのタイトルにしたわけはない。
舞台も終盤、療養中のチェホフ(木場勝己)を、
冬のモスクワに連れていくか行かないかで妻と妹がもめる場面がある。
兄の体を一番に気遣う妹。
いつでも一緒にいたいという妻。
女優でない妻など、彼女らしくないという夫。
「もし、離れて暮さなければならなくなったら?」
「またお手紙がもらえる、と(人生万事良い方に)考えます」、といった問答で
この中年の夫婦の語らいは穏やかな微笑みとともに続いていく。
赤の他人同士が連れ添って人生を共にする「夫婦」。
その絆は、血と時間と生活習慣で結ばれた親族とはまったく違うのだ。
「夫婦」という共同体でなければわからない、
本音と、その奥の愛情と、やるせない哀しみとを内包して、
この場面は涙が出るほど美しい「ロマンス」になっている。
その様子を舞台の奥に立ち尽くしみつめる妹は、
兄のために恋人との結婚も断念し、
ただただ兄のために人生を捧げたというのに、
この「ロマンス」のひとときを理解することができずにいるのだ!
何気ない日常の一幕を描写して、人生のヒダを文学に昇華させたチェホフ。
チェホフを読み込み、チェホフを愛した二人の演劇者が、
チェホフへの尊敬と親愛の情をこめて作り上げた「ロマンス」。
チェホフを読んだことがある人もない人も、
自分の人生を投影して感じることのできる舞台です。
面白うて、やがて哀しい ヴォードヴィル。

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