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「兄おとうと」

東京・新宿のサザンシアターにて
井上ひさし作・鵜山仁演出の「兄おとうと」を見てきました。
初日ということもあり、
最後列には井上さんご本人もいらっしゃっていました。
たくさんの関係者が次々とあいさつに来られ、
井上さんも「あ、どーも、どーも」と
気さくに対応されていました。
さて、お話のほうですが、
吉野作造というのは歴史上の人物で、
それもけっこうカタブツです。
井上さんが卒業した学校の大先輩だということで、
仙台のほうでは神童と謳われ、
帝大(現在の東大)に入るまで常に特待生で、
一度も学費を払ったことがなかった、というくらい大天才だったようです。
そんな吉野さん、
ただの秀才ではなく、世の中のことをよく考える人でした。
彼の思想の核は「民本主義」でして、
本来は、憲法とは民衆から国家への要求、
法律は国家から民衆への要求、
そこにバランスが生れるはずなのに、
日本帝国憲法は天皇が臣民に下された憲法だから
本当の憲法じゃない、と
大正デモクラシーの時代、普通選挙を推奨しつつ
提言していた、という
カゲキな人でもありました。
保育所とか病院とかYMCAとか、
弱者のための施設を採算二の次で自前でバンバン作ってしまった部分とか、
実践の人でもありました。
「あまりに偉すぎて芝居にならない」と
お芝居にしたいと思った井上さん自身が困った、というのに、
そこを何が何でも芝居にしちゃう井上さんの執念が、
すごいといえば、すごい。
膨大な資料を読み込んだ末、
完璧に近い吉野氏のウィークポイントは
「兄弟の仲が悪かったらしい」という点で、
そこに焦点を合わせてドラマを作っていきます。
10歳離れた弟と、生涯で5日しか同じ部屋で寝たことがなかった、
二人が密接に交差するその5日にすべてを凝縮させて
彼はお芝居を書いています。
兄の作造は天才肌で、天真爛漫理想主義、悪く言えば現実離れ、
弟の信次は秀才の官僚、決められたことを決められたようにという現実派。
そんな二人の対立と、
対立の中に押し込められた兄弟の情とを
二人の奥さん(奥さん同士も姉妹)との関係も含め描いていきます。
…と書くと、
かなりカタいお話に聞こえるでしょうが、
そこは井上作品。
もちろん「歌」あります。「笑い」あります。
彼ら2組の夫婦に絡んでくるのは、泥棒だったり右翼の刺客だったりするのですが、
命を張った局面でもほのぼのとしている、というか、
そうですね。
実写版ひょっこりひょうたん島、という感じでしょうか。
押し入ってきた泥棒が海賊のトラひげだったり、
殺し屋はダンディーだったりして、
作造さんの奥さんはサンデー先生で、
作造さんはハカセで、
だからカンチガイと理路整然とした説明を行ったり来たりしながら
みんなで歌って踊っていると夜が明けて、
気がつくと、みんな友だちになっている、という寸法です。
初演のときは本が遅れ、
再演のときは1場増えて、
再々演の今回が一番落ち着いている、というだけあって、
出演者も達者だし、全体もこなれているし、
初日だといっても完成度が高い。
志も、高い。
だけど、
私には、ちょっと無理があるかな、と感じた。
兄と弟という、兄弟の情の話としてまとめようとしながらも、
この二人はずっと政治の話をしている。
兄弟って仲が良くなくちゃ、みたいな話は、泥棒がするわけです。
泥棒=民衆=貧乏人は「貧しいからこそ助け合い仲がいい」
それを見て天才と秀才のお坊ちゃんたちが
「そうだよね」って気づかされるっていう構図、
もっといえば、
泥棒に縛られて、サイフとられて、
「さよならー。また来てくださいねー」っていうのを
受け入れられない私がいる。
ひょっこりひょうたん島のトラひげまでぶっ飛んでいれば笑って済ませられるけど、
日本の、それもけっこう身近な話なわけですよ。
あまりになまなましくて。
吉野作造さんのことは、知らないことをわかりやすく教えてもらって
とてもためになったと思います。
そういう人がいたんだな、ということを学ぶためのお芝居としては
とてもよくできていると思いますが、
「感動」には届かなかった。
「共感」が少なかったかもしれません。
兄弟で言い合いはするのだけれど、
それぞれの胸の中の葛藤が、あまりあらわになっていなかったように感じました。
同じ井上さんの作品で、同じく日本の昭和初期を扱った話としては
「太鼓たたいて笛ふいて」のほうが
感情に訴える部分が多かったような気がします。

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