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「棒になった男」


友達/棒になった男
安部公房といえば、「棒になった男」「砂の女」「箱男」。
タイトルだけで奇妙奇天烈。
若くてとんがっていると、読んでみたくなる。
でも、
読んでもいっこうにわからない、というのが
安部公房。
私もむかーし、いろいろ読んだが、
「どんな話だったか」と聞かれても、ぼーっとした心象風景だけが、
1枚の古ぼけた写真のように思い出されるだけだ。
「棒になった男」は、教科書で読んだ。
高いビルから下を覗き込むような映像だけが脳裏に残っている。
ほかはきれいさっぱり記憶からすり抜けている。
「どんな話だったっけ?」
息子によれば、
「人が棒になって落ちてきたところに男と女がやってきて、
 この棒は有罪か無罪かって話が始まるんだよ」
え?そんな話だったっかしら??
そんな話だったかよりも、私はほんとに何も覚えてない自分に愕然とした。
それで再読してみた。
再読してまた驚く。
すごくわかりやすくて面白い話じゃないか!
なんで、これがわからなかったんだ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
上から落ちてきた人が、「棒」で現されている。
そこに、「地獄」から派遣されたような男女が来て、
その「棒」の「形状」について観察し、総括する。
「どんな棒か」=「どんな人生だったか」
人間、死んだら生きた人生のような「もの」になる、という想定だ。
つまり「棒になった」時点で、その人間は「道具扱い」された人生だった、と。
それも、すりきれてたり、あちこちけずられてたり、などなど、
いい扱いはされてなかった。
そこに、
人を人とも思わない社会への批判がある。
一方で、
その「落ちてきた棒」に無関心な若い男女も描かれている。
(今の人、フーテンって言われて、どんな風体かわかるかな?)
人の命を命とも思わない風潮への皮肉もある。
ただ1人、
「棒」を「人間」として見て、ビルの上からそのゆくえを追う人がいる。
「棒になった男」の小学生の息子だ。
父親の「飛び降り」を、目撃した小学生の息子の心中は…。
そして、
どぶのような、汚い側溝に落ちて息絶える「棒」の思いは…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中学生や高校生のとき、
ぜーんぜん体に入っていかなかったこの話、
今読むと、ものすごくわかりやすい。
大人の悲哀のようなものがつまっている感じだ。
その上、
この「棒になった男」、戯曲じゃないか!
そうか。
まず「戯曲」の読み方を知らなかったな、当時は。
「ハムレット」もチンプンカンプンだった頃だから。
字面だけを追って額面どおりに受け取るだけじゃなく、
ちゃんと想像力を使って舞台空間の中で人物を動かさないと、
本当の奥行きとか、可笑しみとか、見えてこない。
私が読んだ本には、初演の記録が添付されていた。
初演=昭和44年(1969年)11月1日
劇場=紀伊國屋ホール
演出=安部公房
演出助手=渡辺浩子
装置=安部真知
照明=秋本道男
配役
第一景「鞄」
女    市原悦子
客    岩崎加根子
旅行鞄  井川比佐志
第二景「時の崖」
ボクサー 井川比佐志
第三景「棒になった男」
地獄の男   芥川比呂志
地獄の女   今井和子
棒になった男 井川比佐志
フーテン男  寺田 農
フーテン女  吉田日出子
ものすごいメンバーである。
見てみたかったっていうか、今だってやってほしい!

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