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「オデッサファイル」


DVD オデッサ・ファイル
第二次大戦が終わってすでに60年以上が経った。
今も、戦時中ユダヤ人を迫害したナチの責任者たちを追っている人々がいる。
逆に言えば、逃げ回っている、もしくは逃げおおせている人がいる。
「オデッサファイル」は、戦後20年くらい経ったヨーロッパを舞台に、
遅々として進まないナチの残党逮捕のからくりを暴いてみせた映画である。
ふんだんな財力と当局との緊密な関係を武器に、
社会の隅々にはりめぐらされた、ナチの残党への協力網。
たった一人のユダヤ人の孤独な死を発端に、
パパラッチ的な事件ばかり追っていたジャーナリスト・ミラー(ジョン・ボイト)は
命を賭けてロシュマンという元ナチの男を探し出そうとする。
なぜ、ミラーは急に「社会派」になったのか。
ジャーナリストというより、ほとんどスパイかパルチザンか、という活躍をするミラー。
ドイツ人であるミラーが、なぜユダヤ人の悲劇のために?
それは、ロシュマンならずとも、観る者すべての心に浮かぶナゾである。
キーは、
死んだユダヤ人の残した言葉。
「私はドイツ国民が憎いのではない。(自分を迫害した)個人が憎いのである」
理念のため、正義のために命を張れる人は少ない。
大方は、私怨である。
親や子を殺された、隣の戦友が殺された、ふるさとが焼かれた。
だからこそ、真に「人々のために」立ち上がれる人は心から敬われるのである。
果たしてミラーは、聖人になったのか?
他人の苦しみを自分の苦しみとして理解するということはどういうことか、
この映画はそれをひとつの形にして見せている。
これは、まだ「西ドイツ」という国があったころの話。
戦争の影が、次第に薄くなることを危惧した人が作った映画だろう。
「今ごろユダヤ人の話を持ち出して何になる。誰も喜ばん」と言った
新聞社の男の言葉が、ようやく復興、世界をリードし始めた当時の西ドイツ社会の
本音を代弁していた。

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