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宝塚花組公演「愛と死のアラビア」「Red Hot Sea」

東京・日比谷の東京宝塚劇場にて、7月11日から8月17日までの公演である
花組「愛と死のアラビア」及び「Red Hot Sea」を観て来ました。
「愛と死のアラビア」
「愛と死のアラビア」と聞いて、
うっかり「アラビアのロレンス」のお話ね、と早とちりしてしまいましたが、
映画「アラビアのロレンス」の元となった実話より100年前、
すでにアラビアで英雄となったイギリス人がいた、ということを
今回初めて知りました。
(物語)
1800年代の初め、
つまりナポレオンがエジプトに遠征してロゼッタストーンなど、
様々な文物をさらってきちゃったちょっと後。
イギリスはオスマントルコ帝国と争っており(ギリシャ独立戦争への介入)、
エジプトはムハンマド・アリー王朝を標榜していましたが、
オスマントルコを宗主国とし、実際は半独立状態でした。
そんないきさつからエジプトに戦いに行った一人のスコットランド人は、
激戦の末負傷して捕虜となりますが、
その正確な射撃の腕前から「ハヤブサの目を持つ男」としてエジプト人からも敬意を表され、
捕虜交換のその日まで、軍医ドナルドとともに丁重に扱われることになったのです。
ドナルドもまた、敵味方なく必死に治療する姿に人々の尊敬を集めていました。
その男がトマス・キース(真飛聖)。
エジプト太守とその長男イブラヒムに見込まれたトマスは、
次男トゥスン率いるベドウィン騎馬隊の訓練将校になるよう命令されます。
トマスのすごいところは、射撃や兵法に明るく誇り高い武官としてだけでなく、
人間的にも魅力があったところ。
「もし昔から君たちを知っていたら、きっとエジプトに戦いには来なかっただろう」と言い切り、
人間は知らないから恐れ、恐れるから戦う、
お互いを知り合えば、きっと戦いはなくなるだろうと
すすんでイスラムの文化・宗教・習慣を学んでいきます。
キリスト教圏との違いに時に悩みながらも溶け込もう、気持ちを理解しようとするトマスは、
おのずと周囲の尊敬を受けていきます。
しかし、
イギリス軍兵士である誇りを捨てずに敵軍の訓練将校となるには、
自分なりの折り合いのつけ方が必要でした。
「イギリスはオスマンと戦っている。
 私はエジプトがオスマンから独立するのを手助けしているだけ」
これが、彼の見つけた論理でした。
しかしそれは、
同じくエジプトに存在するオスマン派の勢力を敵にまわすことでもあったのです。
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この舞台は、脚本がよくできている。
「男が男に惚れる」、その「人としての高潔さ」と「立場に悩むやるせなさ」が生む葛藤に
最大級のカタルシスを味わうスイッチが仕込まれている。
出てくる男がみんなカッコイイ。
トマスの真飛、イブラヒム(大空祐飛)、トゥスン(壮一帆)、ドナルド(愛音羽麗)、
人によって誰が一番好きか、それは好みであって優劣ではない。
舞台美術もよい。
冒頭の金きらキンの古代エジプト満載ステージには度胆を抜かれたが、
それは「ハヤブサの目を持つ男」を
「ハヤブサ」を神の化身とした古代エジプトの神話とをリンクさせたシーンであり、
「現実」の場面となると、リアリティとファンタジーが交差して心地よさが劇場を包む。
複数のアーチに背景を区切る回廊柱の
はるか遠くに見えるヤシの緑、その前のナイル川、川面にさかさまに映る木々や草むらの黒い影。
川面は場面によって夕日に赤くそまり、朝の涼しげな青になり、夜のしじまに星を映す。
実際にアルハンブラのような宮殿の中にいて外の空気をふと感じるような現実感と
登場人物のまとう衣裳が表すアラビアンナイト絵巻のごとき極彩色の美しさを
同時に体感できるのである。
何につけ、男の世界が素晴らしかった。
衣裳も男性のものが鮮やか。
話自体が男優位であるという面もあるが、
演技面でも、男役の優位さが目立つ舞台だった。
娘役は、トマスの想い人となるアノウド(桜乃彩音)、太守の娘ナイリ(桜一花)ともに
男役と対等の魅力に届かない。
アノウドの桜乃は
セリフや物腰は素晴らしいものの、歌がもう一つ。
ファルセットになると声量が足りない。
わがままでプライドばかり高いナイリは
役柄が深く書き込まれていなかいので輝けなかったのは桜のせいとばかりは言えないが、
それでも最初のダンスの場面で、
並居るハレムの女性の中にあって「彼女は王族だから別格」という気品に欠けた。
ただの舞姫のように踊ってしまったがために、その後の「わがまま」がさらにハナについた感あり。
ハレムの中では天下無敵だが、結局は王族といえども運命は男に握られ、
政略のためのモノにすぎない哀しさを
冒頭から匂わせる工夫が必要だったと思う。
そうすれば、「わがまま」も精一杯の抵抗のように見えたのではないだろうか。
花組は総合力の組だと思った。
いろいろと難を挙げててはみたが、それも「突出した魅力」に届かないというだけ。
脇役にいたるまで粒がそろい、どの人も存在感がある。
特に、エジプト太守ムハンマド・アリ。
ヒゲをつけた老境の男という、女性にはもっとも難しい役でありながら、
星原操が素晴らしい演技で「大人の男」の哀愁とギリギリの葛藤を表現、
物語の大きさを感じさせた。
また、太守の第一夫人アミナ・邦なつきも上品な賢夫人を体現。
ステージ前面に押し出して何曲も歌うスターたちとは違い、
こうしたキャラクター的な役は軽視されがちだが、
そこにこれだけの俳優をもってきたことで舞台に重厚さと説得力が増した。
この太守夫妻が舞台の支えとなっていたといっても過言ではない。
トマスの高潔さに触れて、
幕が下りたあとも、自分が少し「いい人」になれたように錯覚してしまうほど、
人のことを考えて自分らしく生きることの素晴らしさを全身に浴びました。
「Red Hot Sea」
楽しいレビューである。
一つひとつの曲に物語がある。
真飛の表情にストーリーがあるからだ。
音楽といえども、ドラマ。
真飛の気持ちが伝染するのか、みんなダンサーでなく、俳優となって踊り、歌う。
美しかったのは第5場からの「カモメの海」
カモメの羽を思わせる白いウィッグ・白いドレスのダンサーと、
海の精を表す水色のダンサーとの踊り。
5場ではカモメの飛ぶ背景のほか何もないステージに白いダンサーたちが舞い、
7場になると一転、大きな波がやってきて、背景のカモメも小さいものに変わる。
この美術が素晴らしかった。
第17場の「引き潮」もよかった。
やはり空の広がりを思わせる背景が、今度はたそがれの薄紫色だ。
カップルたちが一組、もう一組、と現われる。
それぞれが砂浜を走り、見えない引き潮の波と戯れ、
一編の映画を観ているようだった。
このシーンに限らず、
映画音楽など有名なサウンドトラックをふんだんに使っていて、
それが非常に効を奏していると思った。
8場からの「幽霊船」も秀逸。
そのタイトルとはまったく異なる印象の、
タキシードと色鮮やかなカクテルドレスの男女によって繰り広げられる
甲板上の最高に楽しいJassyなダンスパーティである。
この場面のレベルをぐっと引き上げたのが、
絵莉千晶と未涼亜希のスキャットデュエット。
群を抜いた二人の歌唱力は、ダンサーたちの体にリズムを降らせ、
ノリノリのシーンを誕生させた。
終盤は、レビューといっても一つの音楽劇仕立てだ。
プチ・ウェストサイド物語並みの場面展開とクライマックス。
やはり真飛は表現力が素晴らしい。
それにしても、花組は総合力が光る。
全体に、ダンスに重点が置かれ、歌は少なめ。
真飛、絵莉など少数を除き、歌唱力はそれほどではない。
しかし、それは「音楽性がない」こととは別である。
音楽とダンスで歌以上の物語を紡げるところに
この組の力を見た。

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