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「カエサル」@日生劇場

塩野七生の「ローマ人の物語」をもとに、
齋藤雅文が脚本を書き、栗山民也が演出した「カエサル」
「カエサル」(シーザー)=英雄、という一面的な解釈でなく、
政治的、軍事的、経済的、そして人間的、さらに哲学的、と
多面体で得体の知れない人物としてのカエサルを描いたというこの作品。
カエサルを描きながら、
今の日本の政治のあり方、民衆のあり方を痛烈に言い当てているところが
塩野作品らしさを体現しているといえよう。
齋藤の本も栗山の演出も見事である。
配役陣では、なんといってもタイトル・ロールの松本幸四郎
この人の存在感は、別格である。
日生劇場の横長舞台の中央に位置すれば、ただそれだけで風格がある。
その上で、愛したり、謀ったり、笑ったり、悩んだり、怒ったりするカエサルは
なんと人間的なことだろう。
矛盾だらけの人間を演じ、観客にすんなり感情移入させるその説得力には
ただただ脱帽。
とおりのよい声でよどみなく発せられるセリフは、隅々まで意味が理解できる。
この幸四郎に対峙できた俳優は、高橋惠子ただ1人。
カエサルの愛人にしてブルータスの母という役どころは
これまたカエサル以上に理解されにくい立場であろうに、
愛人になんかなったことないワタシに彼女の気持ちがよくわかるのはなぜ??
どこまでも自分で考え、自分に忠実に自由に生きた女性セルヴィーリアは
深い哀しみをたたえながらも静かな威厳に満ちて、きらきら光って見えた。
ブルータスの小沢征悦は非常に重要な役だった。
コンプレックスの塊であり、自分という存在の卑小さに耐えられない弱い男、
弱いが虚勢を張る男、という点はいいのだけれど、
カエサルに対して感情が憎悪→尊敬→憎悪と揺れるところで、
その変節の理由がまったく伝わってこない。説得力がなかった。
何より、
まだ中日前というのにすでに声がかすれて聞き苦しかった。
これで楽まで持ちこたえられるか、非常に心配。
「雨の夜、三十人のジュリエットが還ってきた」のときの
中川安奈のようにならなければよいが。
キケロの渡辺いっけいも「人間的」な面は出ていたが、
キケロは演説の天才なのだから、演説している時はカリスマ性がほしかった。
時に彼が巻き起こす笑いはひとつまみのスパイスにはなりえたが、
カエサルにも一目置かれていたというその冷徹さ、深さまでは
到達できていなかったように思う。
オクタヴィアヌス役の小西遼生はよかったが出番が少ないので評価しにくい。
クレオパトラ役の小島聖は
「威厳」を作りこみすぎたかセリフや表情に起伏がなく、精彩を欠いた。
好きな役者で期待していただけに、ちょっとがっかり。
同じく「冬のライオン」で好演した高橋礼恵(カエサルの正妻カルプルニア役)もイマイチ。
水野美紀はセルヴィーリアの奴隷アリスという
「コースト・オブ・ユートピア」とはまったく異なる役を体当たりでがんばる。
「奴隷」という視点での狂言回しという役柄はまっとうしたけれど、
小劇場で笑いをとるといったコミカルさに終始し、
どこか扁平というか、声にも感情にも奥行きがなかったように感じた。
特にラストは16年後ということだったので、
精神的性格的には「相変わらず」だったとしても、それなりのふけ方つまり、
年数の経過のわかる変化が必要だったのではないかと思う。
大きな舞台でたっぷりとした魅力をふりまくとは、いかに難しいことか。
改めて痛感させられた。
だからこそ、松本幸四郎は偉大である。
ラスト、「ルビコン川」を前にした演説のたたみかけようは、
聞く者の体が熱くなるほど情熱的で、大志に燃えて、
誰もが「カエサル」のために命を投げ出そうとするのは当然と思えるほどである。
「多面体で得体の知れない人物としてのカエサル」を描き続けた到達点が
やはり「カエサルは英雄であった」というこの帰結!
この演説を物語の締めとした構成に拍手であり、
その演説に魂を吹き込んだ幸四郎に拍手である。
若手では軍人ラビエヌス役の檀臣幸が抜群の切れのよさ。
歌舞伎でいえば、中村亀鶴のよう、というか、
口跡が鮮やかで動きにもめりはりがあるので、
役の大小を問わず、彼の周りに物語が作られる。
役者の価値は一瞬でわかってしまうから、舞台というのは恐ろしい。
単なる歴史物、スペクタクル物ではなく、
人の生き方というものを深く考えさせる物語に仕上がっているこの作品は、
「寛容」とは、「争いのない世界」とは、「平等」とは、「安定」とは、
「独裁者のいない世界」とは、「責任ある市民」とは、「法」とは、と
さまざまなことを問いかけてくる。
一見の価値ある作品。
ただし、ブルータスの声が続いている間に劇場へ。

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