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「太鼓たたいて笛吹いて」

東京・新宿紀伊國屋サザンシアターで
井上ひさしが作家・林芙美子を描いたこまつ座作品
「太鼓たたいて笛ふいて」を見てきました。
井上ひさしの作品を栗山民也が演出、
主演は大竹しのぶ、そして木場勝己と聞くと、
チェーホフを描いた「ロマンス」と布陣がかぶりますね。
作家の生涯が縦糸となっていることも似ています。
そして、音楽劇。
これも同じ。
順序としては、「太鼓たたいて…」が先で、「ロマンス」が後。
本作品は、今回が三演目、
亡くなった松本きょうじさん以外、5人ともすべてオリジナルキャストのままです。
昭和10年から、芙美子が死ぬ昭和26年までを描いたこの舞台は、
井上さんらしい、反戦の物語ですが、
よくある
「軍部が」「憲兵が」…と、誰かに「責任」をかぶせて総括する反戦ではなく、
庶民の何げない日常を切り取りながら、
その中で知らず知らずに戦争に加担した
名もない人々の一人ひとりにある「私の責任」を問うています。
そこには、タイトルの意味も関わってきます。
当時人気作家だった林芙美子が従軍作家として大陸や南方に行き、
ルポを新聞社に送ったことをさして
「太鼓たたいて笛ふいて」国民を戦場に送ったことに由来しているので、
「踊らされた」のは国民、と考えがちですが、
本当は、国民だって何もわからないまま「太鼓たたいて笛ふいて」いたのでは?
作家は作家として、
行商人は行商人として、
満州への入植者は入植者として、
マスコミはマスコミとして、
お役人はお役人として、
日々の景気がよくなって、自分の生活が楽になって、
そうであれば上機嫌で戦争を支持していた。
木場勝己が演じるプロデューサーは、
「世の中を動かす『ものがたり』を見極めて、それに乗って仕事をする」
がモットー。
戦前も戦中も戦後も、非常にうまく立ち回ります。
機を見るのに敏なんですね。
誠実に誠実に、行商をやり米を作っていた男は兵隊にとられていきます。
相棒の行商人が満州で憲兵になり、警察官になっていくのと対照的に描きます。
そんな中、
ただ一人芙美子の老母キクだけが、
ずっと自分の中の「筋」を通し、
「ものがたり」とは別の軸を持って生きています。
キクを演じる梅沢昌代が絶品。
何げないセリフにこめられた二重三重の意味を、
きっちり観客に届けます。
また、
かくしゃくと元気のよかったキクが、
先に逝った芙美子の骨箱を抱いて去るラストシーンで見せる
丸まった背中の老いて小さなことよ!
俳優の真骨頂を見せ付けられた思いがしました。
主演の大竹しのぶも、もちろん素晴らしいですが、
正直なところ、
彼女の場合、常に「もっと」を求めたいところで、
その意味でいうと、よさより悪さのほうが目立っていたように思います。
まず、歌。
木場さん、梅沢さんに比べ、やはり聞き劣りがする。
表情にも疲れが見えた。
麻生さんばりに口をひんまげて話していたけれど、
あんなふうにする必要はあったんだろうか。
その表情と連動するが、セリフにも違和感。
時々出る悪いクセ、というか、あまりにダミ声で演じすぎて、
林芙美子という人の喜劇性が前面に出すぎてしまった感があります。
場面場面で見せる彼女の「おとこ気」「正義感」のようなものも、
先に抱いてしまった「芙美子」の残像が強すぎ、印象が薄かった。
ただし
復員兵に向かってかけた「お帰りなさい」は見事。
ここは井上の台本に特別の指示があるくらい大切なセリフなのですが、
このひと言(とそれにまつわる静かな演技)で
私は思わず涙ぐんでしまいました。
世間では、この劇を非常に高く評価しているようですが、
私は手放しで感激することはできませんでした。
完成度の点からいくと、
やはり「音楽劇」であることの意味を問いたい。
木場さんや梅沢さんは非常に歌がうまいけれど、
それ以外の人は、時々とはいえ、
歌詞の意味より音程がはずれたことが気になる。
これでは本末転倒。
ミュージカル役者じゃないんだから、
セリフで勝負させてあげたい。
井上ひさし―宇野誠一郎のコンビだと
どうしても「ひょっこりひょうたん島」っぽさが見えて、
ひょっこり世代としては、かえって耳についてしまう。
そこも、個人的に歌の評価を下げているかもしれません。
あと、戦争中の描き方にもちょっと違和感。
特に、長野の片田舎の役場の一室で
情報室と警察の人間の前で繰り広げられる戦争批判のくだりは、
当時あんな大声で言える内容じゃない、と
こちらのほうがビクビクしてしまった。
そういう意味で、三谷幸喜の「笑の大学」(ただし舞台版)に感じる
本当に庶民が感じる緊迫感が漂わないのだと思います。
戦中戦後の登場人物に、戦後の理論で語らせてはいけない。
ストレートに語らせず、感じさせるものだと私は思う。
梅沢昌代演じるキクの造形では、それができていた。
だから私は、キクに感情移入したんだと思います。
客席の年齢層がものすごく高かったのにもビックリ。
若い人もいましたけどね。
「昭和13年」「昭和19年」「昭和21年」「昭和26年」
その年のもつ意味、雰囲気、状況が
わかる人間とわからない人間で
もし、理解の点が大幅に違ってしまうとしたら、
舞台として成功といえるのかなー。
私はわりと戦中戦後のことには関心のある人間ですが、
「その年は、歴史的にはどういう年だったか」を
アタマの中ではんすうしながら見ていました。
「林芙美子の生涯」と銘打っているわりに、
彼女の心理状況より、戦況やほかの登場人物の気持ちのほうが
かえって軸になっている。
冒頭に書いたように、「庶民の戦争責任」が一つのテーマである分、
林芙美子の葛藤が断片的にしか描かれていない。
彼女の「決断」のコラージュでしか描かれていないところが、
私の満足度を下げていると思いました。
とはいえ、
大竹しのぶ、木場勝己、梅沢昌代、
阿南健治、神野三鈴、そして初参加・山崎一の6人が織りなす
上質の時間は美味。
東京では12月20日まで。
その後、川西町と山形市にて。

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