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鐘下辰男作品「寒花」@SPACE雑遊

演劇企画集団THEガジラ主宰にして今や押しも押されもしない劇作家・鐘下辰男。
彼が1997年、文学座アトリエの会に書き下ろし、
第32回紀伊國屋演劇賞個人賞と読売演劇大賞作品賞を受賞した名作、
「寒花」を、
船岩祐太演出、監修鐘下辰男で再演している。
新宿三丁目の世界堂近くにある、地下のひっそりとした空間で、
私はあまりの名作に出くわし、ただただ目を見張るばかりだった。
作品も見事だけれど、演出も素晴らしく、
「伊藤博文を暗殺した安重根が死刑囚として送り込まれた旅順の刑務所」の
世の中から隔絶され、荒んだ空気を
窓もなく狭くて埃っぽい地下室という空間に見事に構成した。
横糸は「暗殺犯・安重根の最期の日々」なのだが、
縦糸は主人公・楠木とその家族の物語。
そう、主人公は安の通訳を任される男・楠木なのである。
彼の生きる苦しみ、死への恐怖を
安重根という死刑囚と出会わせることを触媒として昇華させる、
そういう構造になっている。
登場する人物は、
一見「囚人側」と「刑務側」に分けられるが、
単なる「囚人」がひどい扱いを受けているのに、
安重根は「世界が注目する死刑囚」であって、「死刑にするまで死なせられない」。
いろいろと「特別扱い」される身の上だったりする。
「刑務側」も外務省のお偉方は薩長つまり「官軍」側で、
旅順の刑務所に「島流し」されている刑務官たちは「賊軍」側の士族である。
安が獄中でまとめた手記をうまく使って状況を説明しながら、
まったく「説明がうざったい」と思わせない巧みさ、
歴史の一面を扱いながらも、
当時の「安重根」がどう見られていたかと、手記からうかがわれる別人のような安、
さらに「今そこにいる」安という男、と
ステレオタイプな歴史観に流されず、様々な見方に説得力を持たせ、
登場するすべての人物が「思い込む」安という男の姿をどれも正しく思わせる。
本当に舌を巻く。
その上、これは「味付け」でしかなく、本当の主人公は楠木なのである。
「通訳にかり出された」だけの、
本当は「刑務所」にもっとも遠い存在と思われた楠木が
実は一番「鎖につながれる」ことに近かった、というどんでん返し。
そして、
対立し、いがみあい、すれ違っていたはずの登場人物たちの気持ちが
どんどん近づき、一つになっていく!
すべての矛盾、すべてのやり残し、すべての悔恨、すべての苦しみを押し流す、
クライマックスの見事なカタルシス!
あーーーー、
名作ってこういうものなんだ、と思った。
すべてのパズルがそこにはまらなければ作れない。
すべてのセリフが必要不可欠。
そのセリフを超えて結びつく時空。
「内」と「外」がないまぜになる瞬間。
作品・演出だけでなく、
若手俳優たちがみな実力揃いで作品のよさを引き出していた。
物静かな中にマグマを蓄える安重根に藤沢大悟、
迷いに迷いながらまっすぐ生きようとする楠木に藤波瞬平、
楠木の旧知でたまたま監獄医であった宮田に佐藤信也、
「日本政府」の意向を伝える外務省の官僚・黒木に浦川拓海、
楠木の母役に南口奈々絵、
「賊軍」生き残りながら権力にすりよる典獄(刑務所長)・吉原に水野大、
逆に薩長に敵意むき出しな刑務官・蘇我に渡辺亮。
その蘇我に安の動向を隣りの独房から監視するように言われる模範囚・高木に伊澤玲。
ほかに黒坂カズシ、池田仁徳、奥山滋樹。
みな素晴らしかったが、たとえば
伊澤の体当たりな動き(さすがつかこうへい劇団)、
どこまで絶叫しても、ほかのセリフは潤いある声で発する驚異の喉の持ち主、藤波、
安重根の得たいの知れなさを、前半ほとんどセリフを発しない中で醸しだす藤沢、
ただ1人、「脱亜入欧」を訴える絶対的不利にあっても
セリフ術に長け、それらしき風貌を保って説得力があった黒木役の浦川、
世の中ナナメに見て生きていながら、実は深い洞察力を持つ宮田役・佐藤など。
これがたった80人かそこらの人しか1回に見られないっていうのが
本当に「??????」な世界なのである。
舞台や劇場が大きければいいとは思わないし、
今回の演目は場所ともマッチしていたかもしれないが、
もっとたくさんの人に見てもらっていい芝居だと思う。
3500円で見られるのである。
まことにもったいない。
10月17日(日)までやっているので、ぜひぜひお越しください。
1時間45分、濃密な演劇空間に身を浸せます。

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